わが「転向」


 私はファシストに転向した、という話をしても、たいていの人は本気にしてくれない。もちろん、これまでの私をある程度知っている人たちが、である。良くも悪くも「いかにも外山らしい」レトリックをまた弄しているのだと、「好意的に」解釈してくれるのだ。
 しかし、私は本気なのである。
 以下、とりとめもなく、書いていこう。

 私がファシズムに魅力を感じ始めたのは、実はそんなに最近のことではない。
 2003年5月の「獄中転向」の体験そのものは、私にとって「劇的」であったが、しかしもちろん、何の素地もなくそれが突如起きたわけではない。

 これを書くのはやはりあまりに凡庸で少々気恥ずかしいが、最初は結局例のアレ、村上龍の『愛と幻想のファシズム』である。読んだのは、90年代初頭、たぶん91年か92年あたりである。
 私はすでにその当時、運動として同時代に存在する既成左翼のほとんどすべて(つまりいわゆる「旧」左翼はもちろん、いわゆる「無党派」市民運動を含めたいわゆる「新」左翼もすべて)に対して深い憎しみを抱いていた。レトリックではなく本気で、できるものならば全員を虐殺したいと願っていた。
 また同時に、実は今だにちゃんと読んではいないのだが、すでにニーチェに惹かれていた。既成左翼に決定的に欠けているのはニーチェ的感性だし、逆に既成左翼を革命的な立場から否定する時にはニーチェに依拠すべきだろうと直観していた。
 だから、『愛と幻想のファシズム』には本気で興奮した。おれがやりたいのはこういうことなんだと、作中のファシスト党「狩猟社」に対して直球のシンパシーを感じた。
 もちろんあくまでも「オハナシとして」である。同じ頃シュワルツェネッガー主演のハリウッド製SF超大作『トータル・リコール』に興奮したのと同レベルでの感動である。本気で「狩猟社」のような運動が実現できるとも、だから実現をめざして実践しようとも考えなかった。
 ただ今になって読み返すと、やはり『愛と幻想のファシズム』で描かれたファシスト党「狩猟社」のスタンスは、私が今回、新著巻末論文「イデオロギーX」で解明したような、右翼でも左翼でもないまったく独立した革命思想としてのファシズムのイメージと、完全に合致していると思う。

 私はマルクス主義を放棄して以降、ファシストに転向する以前、つまり90年代に入ってから2000年代の初頭までの10年ちょっとの間、一貫して笠井潔主義者であった。笠井潔の革命思想はブランキズムであり、つまり私はその時期、ブランキストであった。
 19世紀フランスの革命運動の巨人・ブランキの思想は、一般には「鉄の規律で団結した少数精鋭の秘密結社的革命党による権謀術数を用いた権力奪取のビジョン」のようにイメージされている。
 が、笠井潔経由の私のブランキズム理解の核心は、革命後の「理想社会」に関する具体的イメージの提出を確信犯的に放棄し、不特定多数の群衆の中にすでに漠然とした形で存在する現状への不満や怒りや苛立ちを、どうすれば一斉蜂起という形に組織できるかという、革命運動の方法・技術の問題に的を絞って徹底的に考察し試行錯誤を繰り返した、というもので、そのようなブランキのスタンスこそが正しい革命運動のあり方であると同意し、その模索を継承するという意味において、私はブランキストだったのである。

 90年代の、ブランキストとしての思索の過程で、革命運動に際しては、やはり「敵」と「味方」をはっきりさせるということが何にもまして重要だと私は結論していた。
 要するに、「線を引く」ということだ。
 ここから向こうは敵、こっちは味方、という線である。
 そして、線のあちら側にいる敵を打倒するために、線のこちら側の人間の団結を実現することが、すなわち革命運動の基本中の基本であるということだ。
 考えてみれば当然のことで、例えばマルクス主義の革命論では、線はブルジョアジーとプロレタリアートの間に引かれ、民族主義右翼の革命論では云うまでもなく自民族と異民族との間に線が引かれる。そして私は、従来提出されてきたそれらの線引きに、同意できなかったのだ。
 敵と味方を峻別する線を、もう一度、新たに引き直さなくてはならない。
 そういうことを、90年代の私は主に考えていた。
 そして漠然とながら、本来のファシズムというのは、実はそういうものだったのではないかと想像した。つまり、打倒すべき敵を確定し、団結すべき味方を確定すること。それを、従来のモデルをいったん放棄して、新たにやり直さなければもはやどうにもならないという確信。ファシズムのキモ、カナメは、本来ここらへんにあるのではないかと、私は直観したのである。
 もう少しくだいてみると、つまりファシズムには、本来「理想社会」のイメージなどないのではないかということである。ファシストにとって何よりも重要なのは、今現在、誰が敵で誰が味方なのかをはっきりさせるという、その一点だけではないのだろうか。そして、ファシズムの運動とは「とにもかくにも敵をやっつけること」であって、その進展にともなって形成されてくる具体的な社会システムは、単に「結果」にすぎないのではないのか。
 そんなふうに考えて、私は自らのブランキズムとファシズムとは、案外相性がよいのではないかと思い始めた。それが96年か97年で、つまり本格的に「だめ連」の運動を九州に「輸入」し始めた頃のことである。
 ただ私自身も、当時はまだ「戦後民主主義史観」もしくは「戦勝国史観」から充分に解放されていなかったので、「しかし現実のドイツやイタリアはなあ……」と考えるとやはり萎えてしまった。
 つまり2003年5月に獄中で、私は今後ファシストとして生きてゆくと、はっきりと決意する以前の数年間、私は「ファシズム」と書かれた扉の前で、それを思い切って開けてしまうか否かを躊躇しながら、ずっと足踏みを続けていたのである。

 私が獄中で読んだのは、藤沢道郎『ファシズムの誕生』という本である。これは政権を樹立するまでのムソリーニの前半生を詳細に描いた、600ページを超える分厚い伝記である。もちろん、著者自身は反ファシズムの立場で書いている。
 しかし私はこの本を読むことで、ムソリーニが展開したオリジナルのファシズム運動が、実は私が数年前から「ファシズムがこうであれば真っすぐに共感できるのに」と思い描いていたイメージそのままのものであることを確認するに至ったのである。
 ファシストの党が、鉄の規律でがんじがらめであるという誤ったイメージも覆された。民族主義的な傾きも、決して狂信的なものではなく、理性的で、私にも許容できる範囲のものであったことも理解した。最大の収穫は、ファシストが民主主義に反対するのは、国家主義的な理由によるのではなく、むしろそれが個人を抑圧するものだと考えているためであることが分かったことだ(「すべての色彩を消し去り、すべての個性を平板化する匿名にして灰色の民主的平等主義」ムソリーニの論文より)。
 私は、ムソリーニの主張に完全に同意できると感じ、ファシストとして生きてゆくことを決めた。

 2005年2月現在、少なくとも日本には、ファシストは私一人である。
 他に私の知る限りでは、「青狼会総統」の佐藤悟志がファシストを自称しているが、彼はフェミニストでもある。フェミニズムは共産主義同様、民主主義イデオロギーの一形態でり、民主主義と敵対する立場であるファシズムと、フェミニズムとを同時に信奉することは原理的にできないから、よって佐藤はファシストであるかフェミニストであるかのどちらかであって、私の見るところ、彼はフェミニストではあるがファシストではない。彼がファシストを本気で自称していること自体を私は疑うものではないが、それは彼のファシズム理解の誤りによるものである。佐藤悟志はファシストではなく、ファシズムの正統的な立場からすれば、むしろスターリニストに分類される。
 私と佐藤以外には、ファシスト「呼ばわり」されている者は多いが、自らファシストを名乗っている者は日本には存在しない。そしてほとんどすべての場合、ファシスト「呼ばわり」されている者は実際にはファシストではなく、ただの右翼である。ファシストは右翼と連帯するが、ファシスト自身は右翼ではない。

 ただし戦略上の理由からかファシストを自称してはいないが、実際にはファシストであり、本人もその自覚があると思われる者は少数だが存在する。
 村上龍にもその可能性はあるが、他には福田和也がそうである。
 福田は、その著書『地ひらく』の中で、ファシズムを「戦友的絆による社会の求心化」と定義している。私はファシストとして、この定義に全面的に同意する。先述の、90年代後半における私のファシズム理解ともぴたりと一致していることは云うまでもない。
 また同じく福田は『第二次大戦とは何だったのか?』において、当時のフランスの対ナチ協力者文化人によるファシズム理解の一例として、「ナショナリズムを超えてアメリカニズムとボルシェヴィズム双方に対するヨーロッパ復興運動」という見方を挙げているが、これはやはり私のファシスト宣言文書である件の「イデオロギーX」の内容と合致する。さらにこの本の中には福田自身のファシズム理解として、「民主主義が、つまりはブルジョアの制度が、屈服させられ、踏みにじられ、笑いとばされなければならない。代表を選ぶこと、権力の媒介をすること、多数派を形成すること、妥協をし、取引をし、説得をすること、そういった一切の面倒への忌避として、ファシズム、カリスマ政治は存在する」という一文がある。私はやはりファシストとして、この見解に全面的に同意する。まったくそのとおりである。
 引用した福田の文章はどれも、あくまでもファシズムの立場を説明する文脈で書かれたもので、福田自身がそれに同意するのか否かについては、はっきりとした表明がない。ただ総合的には肯定的なニュアンスに満ちており、私は、福田はファシストとしての自覚を持っているのではないかと推測している。(後註.どうやら時折、冗談とも本気ともつかぬ調子でファシストを自称してもいるようだ)