獄中短歌「百回休み」007
護送車のカーテン開けちゃダメなのは中の人のため? 外の人のため?

 検事の取り調べを受けるために警察の留置場から検察庁へ行ったり、拘置所から裁判所へ行ったり、あと犯罪の種類によっては留置場から犯行現場へ「実況検分」に連れ出されたり、捕まると護送車に乗せられる機会は結構多い。
 警察署も検察庁も裁判所もみんな街なかにあるから、久々に外の景色を見てみたいと思うのだが、護送車の窓の内側にはカーテンがかけてあって、もちろん勝手に開けると怒られる。
 いくら手錠に腰繩で、当然ドアには鍵がかかっているし、窓の外も鉄の棒で檻のようにガードしてあるから絶対安全だとはいえ、やはり危険な犯罪者を満載した様子が丸見えになるのは善良な市民にいらぬ不安を与えることになるからか、それとも囚われの身である我々に外の風景なんか見せたら、シャバへの未練をいっそう募らせてしまうだろうという配慮なのか。
 という歌。
 まあよく考えたら、逃走の防止なんだろうけどね。誰がどの車で護送されているかがはっきり分かると、例えば革命組織なら同志の奪還も容易になるわけだし。
 いやしかし街なかの福岡拘置所から、宇美町というすっげー田舎にある福岡刑務所に移送される時には、途中から「開けていいぞ」と云われたなあ。するとやっぱり善良な市民の皆様の目にけがらわしい犯罪者の姿なんぞお見せできるかっつーことか。なんかまたムカついてきた。