獄中短歌「百回休み」005
好きなだけののしったってかまわないので加害者も「さん」付けで呼べ

 日本では「加害者の人権」が不当なまでに尊重されているかのように近年云われる。もちろんそんなことはない。どう考えてもいわゆる先進諸国の中では(こういう問題を後進国と比較しても無意味だろう)日本が最低水準、それも圧倒的な最低水準にある。
 人権というのは国家権力と個人との間で発生する問題だから、民間の報道機関が加害者個人をどう扱おうと直接にはそれは「人権問題」ではないのだが、メディアを通して形成された世論が、国家権力による加害者個人への人権侵害を容認していくメカニズムは存在する。
 現在、一部の保守系雑誌を除いて、日本のメディアは加害者の氏名の後に、〇〇容疑者、〇〇被告、〇〇受刑者などの「尊称」(!)をつける。そういうのが「人権への配慮」だとカン違いしているのだ。
 重要なのはそういった表面上のことではなく、中身なのは云うまでもない。
 メディアがいかに犯罪者(や国家権力にそう疑われている者)に対して不当な扱いをしているか、例えば今日の朝刊の社会面を開いてみよ。大きめの犯罪報道にある、「〇〇容疑者」や「〇〇被告」の部分を「〇〇さん」に変えて読んでみるといい。すごい違和感を持つはずだ。相手を対等な人間として扱うなら決して出てこないような失敬なフレーズでいっぱいだから、日本語としてヘンになるのだ。
 「報道と人権」とか云うんだったらまず、被害者も加害者も平等に「さん」づけすることから始めろ。この野郎。