革命家になるには?

Loftグループ機関誌『ルーフトップ』の就職相談コーナーに掲載

 革命家とはズバリどんな仕事ですか?
 「ズバリ神の代理人です。革命とは近代的な宗教であり、その指導者たる革命家はつまり近代的な宗教家です」
 ……。小さい頃はどのようなお子さんで?
 「私は1970年に鹿児島県隼人町にある熊襲穴で造反有理革命無罪と唱えながら処女の馬から生まれました。信じるか信じないかはあなた次第です。私は信じていません。4歳の時に世を忍ぶ仮の父親の仕事の都合で福岡に移り住みました。環境の変化のためか、喘息を患いました。小児喘息は不条理な世界への憎悪を幼少の段階で血肉化させる、神に選ばれた者にふさわしい病気です」
 要は病弱な子供だったんですね。革命とか、政治的なことに興味を持ったのはいつ頃ですか?
 「政治的なこととは一体何ですか? 私はただ、私にとって都合の悪いことを私以外のもののせいにしてきただけです。思い返せば、物心ついた頃からずっとそうであったような気がします。やはり私は生まれながらの革命家なのでしょう」
 ただのワガママな社会不適合者じゃありませんか。
 「革命家がワガママであり社会不適合であることはそのとおりです。しかし『ただの』とは心外です。不都合なことを例えば世の中のせいにするとしても、それなりのスキルというものが必要です。悪いのは私ではなく世の中の方だという自己正当化の論理を可能なかぎり洗練させる努力を怠っては、一人前の革命家にはなれません。洗練されていない自己正当化は俗に被害者ヅラと呼ばれるとおり、周囲の人間に不快感を与えます。革命家は人々に快感を与えなければなりません。世の中にさまざまの問題があり、そのために苦しんでいる人々が数多く存在することは事実ですから、革命家が洗練されたやり方でその問題を云い当て、攻撃することはそうした人々に快感を与えます」
 たしかに先の都知事選での外山さんの政見放送は、多くの人を熱狂させました。
 「例えばあの演説にあった、多数決で決めれば多数派が勝つに決まっているじゃないか、という選挙制度批判のフレーズ。こういう誰でも思いつきそうでなかなか思いつかない、物事の本質をパッと一言で表現するフレーズを、いともたやすく提出してみせるのが革命家です。こういう能力は、一朝一夕には身につかないものなのです」
 それなりの修行が必要である、と。
 「革命家に必要な資質は、基本的には真面目であるということです。病的なまでの被害者意識は前提ですが、それを正当化するためにはさまざまの勉強をしなければなりませんし、またある種の潔癖さも不可欠となります。単に自己正当化の論理を緻密に組み立てるのみならず、一度組み立てた論理によって自身の言動を律するという潔癖さです。論理が破綻した場合には、もう一度ゼロから別の論理を組み立て直す苦労も厭わない。革命家がおこなう自己正当化は、一般にありがちな安易なそれとはわけが違うのです」
 まるで求道者のような心持ちなんですね。
 「ええ、神に仕える身ですから」
 それでは最後に、もしかしたらいるかもしれない、これから革命家を目指そうという若い読者に向けて、一言。
 「とにかく都合の悪いことはできるだけ世の中のせいにしなさい。そしてそのために、今云ったような努力を惜しまないこと。その努力の方向が正しければ、いずれ神としか云いようのない何かが君を動かし始めるだろう。革命家は、神に選ばれるのです。君が革命家であるか否かを決めるのは、君の側ではなく神の側なのです」