鹿児島交通違反裁判
第二回公判(2007年9月18日)
法廷レポート

 今回の公判は実に面白かった。
 やはりほんとに面白いことをするには、それをやることによってどんな不利益をこうむろうともかまわないという強い覚悟と決意が必要なんだと改めて思い知る。
 前回は、できるだけ無難に済ませようとしていた。だからなんかグダグダになった。
 今回は違う。裁判官を徹底的に怒らせて、あわよくば懲役刑を勝ち取ろうという意気込みで臨んだ。
 するとこんなに面白くなった。

 9月18日、午前10時。開廷である。
 私はリュックを背負ったまま入廷し、弁護士席のすぐ前に設けてあるたぶん被告人用の席に坐った。
 傍聴人をざっと数える。15名ほどである。熊本から共に鹿児島入りした4名のスタッフの他には、福岡から例の我々団員・I同志ら2名が駆けつけてくれている。さらに前回同様、私を逮捕し取り調べた鹿児島中央署交通課の警察官数名も来ている。これから証言台に立つ予定の、一方通行の違反を現認した警察官や、その上司もいるのだろう。その他よく分からない顔もある。サイト等での傍聴の呼びかけに応えてくれた人かもしれないし、あるいはメディア関係者かもしれない。 まず検察官から新たな証拠申請がある。
 私の一方通行違反を現認し、検挙した警察官の供述調書である。記載されている内容は、私の云いぶんと矛盾するものではないので、事前に弁護士に証拠採用に同意する旨、伝えてある。
 次に同じく検察官から証人尋問の申請。前述のとおり、件の警察官である。これにも同意。
 証人尋問が始まる。
 傍聴席にいた若者が、検察官に促されて柵の内側に入る。
 証言台の前に立たされ、被告人に対するのと同様、最初に人定質問を受ける。氏名、住所、生年月日、職業等の確認である。もちろん、誰かさんみたいに一部を黙秘したりはしない。
 次に宣誓。「決して嘘は申しません」という内容の、裁判所側が用意した短い文章を証人が読み上げるのである。
 で、いよいよ中身に入る。
 証言の要旨はつまり、当時配属されていた交番(現在は機動隊にいるらしい)の前で深夜の立番をしていたところ、目の前の一方通行の道路を私が原付で逆走してくるのを現認したので、停止させ、交番内に連れ込んで反則キップをきったということである。
 この過程でまず今日最初の笑いどころ。
 バイクを停止させ、ヘルメットを脱がせると、知った顔だったというのである。当然、なぜですかと検察官は訊く。
 「彼はストリート・ミュージシャンで、音が近隣の迷惑だから注意すると、いつも文句を云ってきたのでよく覚えています」
 もちろん検察官はさらに突っ込んだ証言を求める。
 まず、今回の裁判で私がこの一方通行違反についてどのような主張を展開しているか聞いているかと訊く。知っていると証人。どう思いますかと検察官。
 「ウソだと思います」
 私がどういう主張をしているかは前回の公判レポートなどを読んでほしい。
 証人は、自分が立番をしている間にアーケードから出てきた原付はない、被告人が一方通行道路の途中でUターンをして逆そうを始めた事実もないと証言した。
 危うし、おれ。
 検察官による尋問が終わると、今度は弁護人による反対尋問である。
 弁護人は、要するにある車両が何らかの違反をして走行していればそのことに気づいた時点から後のその車両の動きには気をつけるだろうが、違反を現認する以前にその車両がどのような動きをしていたかまでいちいち覚えているのかと訊いた。
 証人はちょっと口ごもり、「質問の意味が分かりません」などと無駄な抵抗をしてはみたが、再度同じ質問をされ、覚えていないと答えた。
 弁護人はさらに、一方通行の道路をその指定どおりに走行している車両があってもいちいち気にとめないのではないかと訊いた。私はそのように走行し、途中でUターンしたと主張している。そしてその区間には一方通行を示す標識がないから処罰の対象とはし得ないと。で、お巡りさん、気にとめるの?
 「とめません」
 弁護人はしばらく間をおいて、「質問を終わります」と自分の席についた。
 危うし、検察官。
 検察官がさらなる尋問を試みる。とにかく私が途中でUターンをした事実はないと繰り返し証言させるも、結局は水掛け論だ。
 まだ違反していない時点でのたくさんの車両の動きをいちいち注視していないだろうし、私の云うとおりだったことも充分ありうるわけで、どちらとも断定しがたいのだから、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則に基づき、ここは私を無罪としなければ裁判官はきっと司法試験に合格していない無免許裁判官だと疑われても仕方がない。
 証人尋問が終わると、弁護人が前回に補充したい点があるから再度の被告人質問をさせてほしいと裁判官に申請した。もちろん、これは許可される。
 私はずっと背負っていたリュックを下ろし、証言台の前に移動した。
 第二の見せ場だ。
 リュックを外すと、今回のために特別に用意した特殊なTシャツの全貌が明らかになるのだ。
 Tシャツの背面には、黒地に白抜き文字で大きくタテに「全部私がやりました」。
 もちろんこれは裁判官には見えない。裁判官に見えるのは、前面の単なる黒無地である。傍聴席からのみ、Tシャツの秘密を知ることができる。この状態で私は無罪を主張するのだ。「私は何もやっていない!」と。
 さあ堂々と無実を主張するぞと気合を入れた。
 ところが、妙な展開になる。
 裁判官が、例の椅子に坐れと云う。前回の公判レポートで書いたとおり、この証言台の椅子に坐ると、気持ちがスモールになる。裁判官をはるか頭上に見上げる格好になって、いたずらに卑屈になってしまう。現にさっきのお巡りさんも、がちがちに緊張していた。今回は絶対この椅子には坐らないぞと誓ったのは、前回のレポートに書いたとおりだ。
 で、立ったまま被告人質問を受けたいと裁判官に云った。
 裁判官はダメだと云う。椅子に坐らないのであれば、被告人質問はとりやめると。
 「それはおかしいと思うけれども、それならそれで構わない」
 と私は応じた。
 弁護人が少し抵抗したが、裁判官は頑として譲らなかった。
 ちなみに被告人が立って発言しても、法的には何の問題もない。実際、私は前に裁判を受けた時にはたって発言していた。むしろ、わざわざ被告人を立たせて発言させる裁判官もいるという。つまり要はそれぞれの裁判官の趣味の問題、サジ加減なのである。
 趣味は趣味でいい。とりあえず坐りなさいとか立ちなさいとか指示するのはいい。しかし、しょせん趣味の問題にすぎないのだから、いや立ったままでとか、いや坐ったままでと被告人が云うのなら、そうさせればよいではないか。べつに違法な形式を要求しているのではないのだから、それを根拠に弁護人による被告人質問をやらせないというのは、どう考えても被告人の権利の侵害である。しかしこんな明白な違憲行為が、この国の裁判官には許されている。私は日本の裁判官には、他人の犯罪を裁く資格はないと思う。
 もっとも私の興味はもはやこの裁判で私が有罪になるか無罪になるか、あるいはどの程度の刑罰を食らうことになるかよりも、この国の裁判システムがろくでもないということを諸君にいかに知ってもらうかに移ってする。だから被告人質問がおこなわれないことで私が不利になっても、この国の裁判官はこんなどーでもいい理由で被告人質問をやらせないことがあるのだと諸君に知ってもらうほうがよい。
 で、被告人質問は、おこなわれなかった。

 今日何度目かの見せ場である、検察官による論告・求刑。
 これが実におかしかった。
 だって、まあそれが検察官の仕事なんだが、私がいかに悪質な犯罪人であるか、とにかくあらゆるレトリックを駆使して罵りまくるわけだ。ものは云いようだから、ほんとどーでもいいレベルの一方通行違反と速度違反が、世にも稀な凶悪犯罪であるかに描写される。もちろん過去2回の裁判でもそうだった。単なるしょーもない痴話ゲンカが、まるですさまじい猟奇犯罪であるかに描写された。裁判官は、被告人に悪印象を抱いたなら、こうした検察官の作文をほとんど一字一句そのまま判決文に引用して、常軌を逸した重刑を科せばいいのだからずいぶんラクな仕事だ。わざわざ司法試験なんかで選別する必要はない。そんなんでいいなら、おれでもできる。諸君にもできる。その意味では裁判員制度には何の問題もないわな。
 さてでは検察官殿はこの稀代の凶悪犯罪者に、どれほどの重刑を要求するのか。無期か? 死刑か? いやさすがにそれはムチャか。せいぜい懲役何ヶ月とか云うのかな。
 「よって……罰金1万5千円を求刑するものであります!」
 おいっ。
 ちょっと甘いんじゃないかと思料するものであります。

 続いて弁護人による「最終弁論」。ひととおり審理を終えての検察官の結論が「論告・求刑」で、弁護人の結論がこの「最終弁論」だ。
 意外にもと云っちゃ失礼なんだが、期待した以上にしっかりした弁論をやってくれた。
 まず一方通行違反について、弁護人は無罪を主張した。
 いくつかの判例まで引きながら、時間帯によっては車両の通行もあるアーケードの出口地点は立派な「交差点」であり、少なくともそこに一方通行の標識がないのは行政側の過失であるという主張には充分な説得力があった。また、私が一方通行の指定のない時間帯に過去何度かこの道路を走行したことがあると証言した点をとらえて、検察側が、だったら時間帯によっては一方通行となる道路だったと覚えているべきだとムチャを云うのに対して、そんなものは「人間の能力を超えた要求だ」と一蹴したのは、まあそのとおりなんだけれどもちょっと面白かった。
 速度違反については、無罪主張まではしてくれなかった。もっともそのことは事前に私との間で話し合った上での弁護人の結論である。弁護人としてはそれでも情状の酌量は求めるから、立法の不作為云々という無罪主張は、被告人陳述などの形で自分でやってくれと云われた。弁護人は、現場は歩行者も稀な僻地の広い片側2車線道路であり、ただちに重大な事故につながりかねないような悪質な違反とまでは云えず、そのことは被告人に有利な情状として酌量されるべきだとした。
 最後に、逃亡や証拠隠滅の恐れもないのに理由のない長期拘留がおこなわれ、すでに実質的に過剰ともいえる処罰がおこなわれていることも量刑には反映されるべきだとして弁論を終えた。

 で、最後に私の「被告人最終陳述」である。
 これは立ってやることを裁判官も認めざるをえなかったようだ。
 内容はすでに当サイトで一足先に公開したとおりである。
 フツーに読めば30分以上かかるだろうが、ものすごい早口で読み上げてなんとか15、6分で終えた。実は熊本から一緒に来た他の4人が寝てる間に、一人でカラオケボックスに云ってリハーサルをし、15分以上20分以内で読み上げられることを確認しておいた。べつに被告人最終陳述には時間制限もないのだが、たいして面白い内容でもないし、ゆっくり読んでも傍聴人を退屈させるだけだから(もっとも最後の捨て台詞は傍聴席にもちょっとウケた感触があった。あと交通事故が減らないのは「取締りのための取り締まり」を放任している裁判官が悪い、というくだりでも背中に反応を感じた)。まあそんなリハーサルなんぞやってたせいで、寝不足のまま裁判に臨んだのであった。

 閉廷後、弁護人にお礼を云って、裁判所をあとにした。
 熊本からの4名、福岡からの2名に加え、東京の友人に「ぜひ代わりに傍聴に行ってくれ」と頼まれて何も知らないまま来たという女性1名の、私を含め計8名で交流を兼ねてファミレスで食事。
 夜の「待ち合わせ」には新たに1名の新顔も加わり、交流の輪は確実に広がっていて、この裁判もなかなか有意義である。

 次回は判決。
 10月2日9時50分から同じく鹿児島地裁203号法廷である。
 たぶん極刑(罰金1万5千円)。

2007年9月24日 記   外山恒一