鹿児島交通違反裁判
初公判(2007年7月30日)
法廷レポート

 6月下旬、まだ獄中にあった私を救援するために東京から鹿児島入りし、以来そのまま九州に滞在し続けているスタッフのS嬢と、この前夜、島根からはるばるかけつけてくれた大学院生のM君(都知事選の時もやはりはるばる高円寺駅前まで見物に来たという)とともに、朝8時台の九州新幹線で熊本から鹿児島へ移動した。
 10時ころ鹿児島市の中心街・天文館に到着。
 朝から鼻をズルズルさせていて、きつかったので、薬局で鼻炎薬を買って1錠飲んでから、「自主的実況検分」のため一方通行違反の「犯行現場」へ。なにせ1年半も前の犯行なので、記憶が曖昧だ。事前に組み立てた、「標識を確認することがそもそもできない状況であったから無罪」という論理が本当に成り立つのか、現場に行って標識の場所などを再確認する必要があった。「まあ、ギリギリ成り立つ」との結論を得て、一同安心した。
 11時から国選弁護人と打ち合わせのため、その事務所を私一人で訪ねる。
 弁護人としては、フツーに反省を表明して、刑を軽くしてもらうのが最上との判断のようで、もちろん弁護士としてはそれがオーソドックスな選択であることは私にも常識があるから理解はできるのだが、それでは何のために1ヶ月もの不当な勾留まであえて受けて立ちながらここまで踏ん張ってきたのか分からない。私としてはあくまで無罪主張でいくから、可能な範囲でフォローしてほしいと頼んだ。
 打ち合わせを終え、S嬢・M君と再合流、1時間ほど空いた時間をドトール等で潰してから、徒歩で裁判所へ向かう。
 このかん、さっき飲んだ鼻炎薬がなかなか効かないので、もう1錠飲んだ。これが決定的な間違い。

 開廷20分前くらいに裁判所の建物に入ると、1階ロビーにいた若者から声をかけられる。福岡から傍聴のためにかけつけてくれた、我々団員のI同志である。
 1階掲示板の「開廷案内」を確認。「平19(わ)第82号」、道交法違反事件としてちゃんと載っている。
 2階の203号法廷前には、腕章をした数人の裁判所職員がいて、傍聴が多いかもしれないから、状況によっては整理券を発行したり、先着順で入ってもらうことになるかもしれないと云う。いやいや東京、せめて福岡でならともかく、鹿児島地裁の傍聴席を一杯にするほどの知名度を私が獲得しているとは思えない。そんなには来ないと思いますよ、と云っておく。
 M君とI同志はタバコを吸わないようなので、S嬢と共に喫煙者ゲットーへ。
 すると後から何か見覚えのある背広姿の中年男性が入ってきた。
 あ、鹿児島中央署の交通課の警官だ。私を逮捕しに熊本までわざわざ出張してきた3人組の、一番たぶん偉い役職の人だ。
 続いてさらに3人、私服姿の警察官がゲットーに入ってきて、私たちと一緒にタバコを吸い始めた。
もちろん、逮捕の時にいた残りの2人も含まれている。
 とくに険悪なムードになるわけでもなく、あたりさわりのない話題でしばし談笑。私としても、不当逮捕の責任は現場の警察官ではなく、逮捕状や勾留状を無審査で発行してしまう怠慢裁判官にあると思っているから、別に彼らに対して格段の敵意があるわけではない(もちろん「職業選択の自由」の下で「国家権力の手先」に志願したのは自己責任だから、革命後には処罰の対象ではあるが、「国家権力そのもの」である裁判官より罪は軽い)。
 「緊張する?」
 と私を主に取り調べた同世代の警官が訊いてきた。
 「いや、あんまり」
 と答えると、
 「俺は証人で出廷した時、緊張したけどなあ」
 「まあ、慣れてますから(3回目だし)」
 ゲットーはガラス張りだから、203号法廷の方へ向かうらしい若者たちの姿が見える。なんかヘンに多い。
 「並んだ方がいいかもしれないよ」
 とS嬢に云う。「ぼくは顔パスだから(主役なんだから入れないということはないだろう)、後で行く」
 弁護士が現れた。
 ゲットーを出て、人のいないところで最終確認をする。
 「1回で終わらせたいんでしょ?」
 と訊くので、
 「いや、そんなことはないですよ。別に何度鹿児島まで足を運んでもいいし」
 と云うと、
 「え? そうなの?」
 と弁護士。
 あ、そうか。1回で終わらせたいというのは、まだ拘置所にいた段階で、接見に来た弁護士に告げたのだ。審理が1回、判決に1回。どうせ罰金刑だろうから、裁判が早く終わればそれだけ釈放も早まる。私だって、好きで獄中生活をやってたわけではない。しかし呆気なく釈放要求が通って、自由の身で裁判を受けられることになった現段階では違う。無理に長引かせるつもりはないが、無罪主張に説得力を持たせるために必要なら、とことん審理してもらってかまわない。
 「だったら今日は被告人質問の途中までってことにしようか。弁論要旨も書いてないし(これは別に弁護士の怠慢ではなく、私がギリギリまで無罪主張の論理構築に手間取ったためだ)、今日1回で終わらせるには、アドリブで弁論をやらなきゃいけないところだったから」
 「ではそうしてください」
 で、いよいよ開廷。
 思いの外、傍聴人が多い。
 203号法廷には18人ぶんの椅子しかないのだが、それでは足りないので職員が最後列に急遽長椅子を二つ搬入していた。S嬢ら「身内」が3人、例の警官諸君が4人、マスコミらしき4、5名の他に、大量の若者がいる。ざっと数えてみると、全部で25人ほど。
 おれって結構注目されてるじゃん、と一瞬天狗になったが、後でよくよく聞いてみると、この「大量の若者」たちは送迎バスのようなものに一斉に乗り込み、裁判所を後にしたとのこと。おおかた、法律学校の生徒か何かだったのだろう。がっくん。
 数分遅れで開廷。
 「被告人は前に立ちなさい」
 と裁判官に促されて、被告席へ。
 まずは立ったまま、「人定質問」というルーティンな問答がある。
 「名前は?」
 「外山恒一です」
 「本籍は?」
 「鹿児島県姶良郡隼人町住吉……番地は覚えてません」
 「姶良郡? 霧島市じゃないの?」
 「合併後はそうです(認めたくないけど)」
 裁判官が正確な本籍地住所を読み上げ、私がそれを追認。さらに現住所を訊かれ、さあ次がいよいよ問題のアレだ。
 「職業は?」
 「黙秘します」
 「今、何か職についていますか?」
 「ええ」
 「それは何ですか?」
 「黙秘します」
 「改めて伺います。人定質問に対しては黙秘権がありません。職業は?」
 「以前、やはり刑事裁判を受けたことがあり、職業の扱いについて不快な経験をしているので黙秘します」
 もちろん、正直に「革命家」と答えたら、判決文の被告人職業欄に「自称革命家」と書かれた経験のことを云っている。
 実は、今回これに関して別のアイデアがあった。獄中にロックの名曲の英詞を差し入れてもらい、前に「アナーキー・イン・ザ・UK」などについてやったように、独自の訳詞を書いて、サイトに発表する準備を進めていたのだ。ところが、これを実行に移す前に突然釈放され、なんとなくウヤムヤになってしまった。この計画は、公判でのこの人定質問を念頭に置いていた。職業を問われたら、「翻訳家です」と答えようと思ったのだ。それなら、「自称翻訳家」と書かれても別にムカつかない。ほんとに「自称」でしかない。
 「職業は?」
 裁判官がこんなどーでもいいことを執拗に追及する。
 「お答えできません」
 裁判官は明らかに怒り始めている。
 困ったことになったなあと内心思う。別に今回はことさら法廷で波風立てるつもりはないのだ。ただ、私の職業が革命家であり、たかが裁判官ふぜいにそれを「自称」呼ばわりされる云われはないというプライドは譲れない。
 といっても私の職業が何であるかは、今回の事件にとって重要な問題ではないから、黙秘したって構わないだろうと気楽に構えていたのだ。まさかこんなことで裁判官がいきなり怒りだすとは想像もしてない。
 裁判官ってのはほんとにお子様だなあと改めて思う。裁判官の権威にひれ伏して、シュンとしてない被告人を見ると、それだけでゴキゲン斜めになるらしい。
 ああ、今回の裁判もこれで終わったな、と確信した瞬間である。
 裁判官は結局あきらめて、着席を命じた。
 実はこれが奴らの手なのだ。
 被告人の椅子というのは、なんともいえない絶妙な高さに設定してある。
 座ると、非常に居心地が悪い。やはり高さが妙なのだ。つまりヘンに低いのだ。目の前にある証言台の高さとのバランスが悪い。なんか、縮こまるような姿勢にムリヤリさせられてしまう。肩身が狭ーい感じになる。正面の裁判官を、遥か頭上に仰ぎ見る形になる。うわあ、罪人扱いだあ、と身に染みて思う。あれはよくない。近代司法の現場にあるまじき建築様式だ。
 これを読む諸君にも、ぜひ一度、被告人席に座ってみることをオススメする。おそらく傍聴席から眺めた感じでは、そんなに違和感はないと思う。実際に被告人の立場で、そこに座ってみるにしくはない。それだけのためにわざわざ大それた犯罪に手を染めるのもなんだから、ショボい罪で延々ゴネて正式裁判にまで持っていくとよい。手本は今回、私が身をもって示しているはずだ。
 もう裁判官を怒らせちゃったし、後は野となれ山となれだ。私は次回、被告人席に座ることを拒否して、立ったまま喋ろうと思う。
 ご丁寧にもさっそく裁判官を怒らせてしまった後で、いよいよ実質的な裁判が始まる。
 まずは検察官による起訴状の朗読である。
 そして罪状認否。
 黙秘権の告知があり、これを行使せず私が発言した内容は、私にとって有利であるか不利であるかを問わず、証拠として採用される旨、裁判官はオゴソカかつ事務的に述べた上で、検察官が読み上げた起訴状記載の事実について、これを認めるか否かを被告人である私に問う。
 「まず速度違反については起訴状記載のとおりですが、後で詳しく述べる理由によって無罪判決を求めます。一方通行違反については、やはり表面的な事実については起訴状記載のとおりですが、これも後で詳しく述べるとおり、事件当日私が通行したルート上には一方通行を示す標識がないのでこれを確認しようがなく、過失責任もないので無罪判決を求めます」
 「第一の事実(一方通行違反。起訴状の記載順)については過失がない、第二の事実(速度違反)については間違いない、と。それでよろしいですか?」
 「はい」
 「一方通行違反については、逆向きに通行した事実自体は認める?」
 「表面的な事実については認めますが、私の通行したルート上に標識はありません」
 続いて、証拠についての同意・不同意に関する手続き。検察官側が提出したいという証拠類がいろいろある。現場の見取り図とか、担当警察官の供述調書とか。私も弁護士から事前にそれらを見せられていて、とくに問題はない(私が法廷で主張しようとしている内容と矛盾するものではない)と結論していたから、弁護士はそれらを提出することに同意する。同意しないと、例えば警察官の供述調書提出に同意しないということであれば、ではその警察官本人を法廷に呼んで証人尋問しましょう、ということになるらしい。
 もっとも一点だけ、私は本当には納得していない証拠書類があった。前科についての照会書である。
私には、形式上、傷害と名誉毀損の前科がある。いずれも「かぎりなく冤罪に近い」内容であるから、そんなものが裁判官の心証に影響を与えては困る。だが、もともとは検察官はそれら2件の判決文を証拠提出しようとしていたらしい。これがひどいシロモノで、判決文という体裁をとった名誉毀損文書に他ならないことはこれまでにあちこちで書いてきたとおり。私は、自著『最低ですかーっ!』所収の手記を弁護側の提出証拠として、抱き合わせの形にするなら判決文の提出に同意してもいいと云った。すると弁護士は検察官と交渉し、判決文は提出せず、内容に踏みこまない罪名だけの前科照会書の提出にとどめるとの妥協を引き出してきた。私はやむなくこれを了承した次第だ。これも突っぱねたいのはヤマヤマだったのだが、今回は弁護士と険悪な感じになりたくないからなあというヘタレな気持ちがある。
 弁護士が検察側提出のすべての証拠類について同意すると、続いて検察官がそれぞれの証拠について概要を述べる。「甲1号証は現場の見取り図で、甲2号証は……」みたいな話。
 たしかその過程で、私の「身上調書」というのがあって、学歴、職業、婚姻歴、生活形態などすべて「不明」とされた。おいおい学歴と婚姻歴ぐらい調べりゃ分かるだろう。職業だって、警察発表では「自称文筆業」じゃなかったのか?(しかし警察でも一切黙秘して、職業についても何も云ってないのに、なんで「自称」文筆業なんだ?) いずれにせよ非常に「謎めいた」被告人とされたわけで、このくだりはなかなか気分がよかった。
 傷害等で2件の前科がある他、今回の以外に3件の交通違反の記録があること(やはり速度違反1件と、2件の右折方法違反つまり「二段階右折」しなかったってことね)も指摘された。今回の2件の違反についても、一方通行違反については青キップに署名しておきながら反則金を納入せず、速度違反については現場での署名も拒否し、また反則金も納入しなかった。再三の任意出頭要請に応じず、逮捕されてからも一切について黙秘した、云々。いやもう相当に悪質な大反罪人だ。国家の敵。エネミー・オブ・アメリカ(ここたしかもうアメリカだったよね)。革命家っぽい。
 ボーッとしてるうちに冒頭陳述に入っているらしい。検察官が検挙時(違反時)の状況等について詳細を述べ始めている。ボーッとしていたのは、結局2錠も飲んでしまった鼻炎の薬がここにきて効き始めてきたためだ。
 一方通行違反について。
 平成18年1月17日午前1時41分ころ、派出所の前で立ち番をしていた警官が、交番のすぐ前の一方通行道路を逆走してくる原付を視認する。停止を求めると、運転者は素直にこれに応じ、そのヘルメットを脱がせると、知った顔だった。付近でのストリート・ミュージシャン活動について(道路の無許可使用つまり道交法違反であるから)何度も注意を繰り返してきた相手だったからだ。一方通行違反であることを説明し、派出所内に同行を求め、違反キップにサインさせた。被告人はとくに異議を申し立てなかった。
 速度違反について。
 国道10号線のどこそこで、速度違反の取り締まりをおこなっていた警官が停車を求め、20キロの速度超過を指摘したが、違反の事実を否認してキップにサインせず、取り調べにも応じないと主張した(実際には、「否認」していない。違反を認めるかどうかそれ自体を答えず、処罰が必要と考えるなら正式裁判にせよ、云いぶんは正式の法廷以外で明らかにするつもりはない、と警官たちに云ったのだ)。
 検察官による冒頭陳述が終わり、いよいよ被告人質問だ。
 が、その前に裁判官が弁護士に尋ねた。
 「今日はどれだけ?」
 「やれるだけやります。被告人質問を早く終えられれば、(検察官による)論告求刑、(弁護士による)弁論までやります」
 つまり今日1回で結審しても構わないということだが、もちろんたぶんそうならないだろうという含みがある。
 「事実関係がそんなに複雑な事案ではないので、被告人質問は相当の範囲でお願いします」
 裁判官、やはり不機嫌である。しかし「複雑な事案ではない」って、何でまだ具体的な話も聞いていないうちに分かるんだ? 裁判官に禁じられているはずの「予断と偏見」の露呈以外の何物でもない。

 弁護士による被告人質問が始まる。
 「あなたは当時、鹿児島市に住んでいたんですか?」
 「いいえ。隼人町の実家に住んでいました」
 「隼人町から市内に来ていたんですね」
 「そうです」
 「市内に来た目的は?」
 「繁華街でストリート・ミュージシャンの活動をするためです」
 「どれくらいの時間帯にその活動をするんですか?」
 「だいたい夜9時ころから、12時か1時くらいまでです」
 「この事件の時も、そういう活動というか、弾き語りをした後だったんですね」
 「だと思います」
 「何時ころ市内へ来たんですか?」
 「そこまでは覚えてませんが、夜9時より前には来ていたはずです」
 「深夜12時か1時ころまで弾き語りをしていた、と。その後どうしましたか?」
 「自分が活動を終えた後は、アーケードで歌っているストリート・ミュージシャン仲間を訪ねることが多かったので、この日もそうした可能性が高いです」
 「アーケード内は夜間、車両の通行は禁止されていますね。そういう時、通行はどうしてたんですか?」
 「私がストリート・ミュージシャン活動をやっている文化通りも含めて、中心街の区域は車両通行禁止ですから、いつもその区画内では歩いて原付を押して移動します」
 「その後はどうしました?」
 「付近にある飲食店に行くために、アーケードを通って、問題の交番前に出ました」
 弁護士が現場の見取り図を示すために被告人席まで寄ってくる。検察官も、同じように寄ってきて、図面を覗きこむ。弁護士が図面を示しながら、ここまでの行動について説明を求める。「ここをこう通って……」などと云っていると、裁判官が、「あのねえ、こことかこうとか云われたって分からないんだよ」と壇上から威圧的に介入してきた。よほど心証を害しているらしい。それで、「図面の右方向から左方向へ向かって……」などと云い換える。
 「交番の前まで出て、それからどこへ行くつもりでしたか?」
 「時々行く飲食店に行くつもりで、このへんでエンジンをかけて……」
 また「このへん」とか云ってしまう。
 「だからこのへんとかあのへんとか云っても分からないんだよ。それに受け答え早いよ。そんな複雑な内容じゃないんだし、単純化して云ってよ」
 と案の定、鬼裁判官。
 手間取りながらも、とりあえず問題の一方通行道路を、まずは結果的には指定されたとおりの方向へ原付に乗って走り始めたことを説明する。
 「それから?」
 「すぐに道を間違えていることに気づいて、Uターンしました」
 「この図面の右側の通行帯にぐるっと回った、と。どのへんで?」
 「そんなに行かないうちです。最初の交差点にかかる手前だと思います」
 「この標識のある交差点より先へは行かずに?」
 「はい。念のため今日、現場に行ってみたところ、この交差点にはかなりでっかく進入禁止の標識がありました。この標識より先でUターンしていたら、これを見逃すとは思えません。あれだけ目立つ標識に気づかなかったということは、それより手前でUターンしたに違いありません」
 「そして、結果的には一方通行道路を逆走することになったんですね」
 「Uターンして走り始めてまもなく、交番のところで警官に止めらました。交番の前を左折して、目的の店に行こうとしたところでした。実際には、その道も目的の店に行くには違う道だったんですが、それくらいその店の位置については曖昧でした」
 「あなたはこの場所に何度も来ていたのに、一方通行の規制を知らなかった?」
 「何度も、というほどではありません。昼間に何度か通った覚えがある程度です。それに2車線の道路だし、相互通行だと思ってました。実際、この道路は昼間は相互通行になってます」
 「昼間に何度か来て、あなたの認識では相互通行の道路だったんですね」
 「はい」
 「今回は真夜中に来たんだけど、その時間帯に過去にこの道路を通行したことはありますか?」
 「一方通行が指定されている夜10時から翌2時までという時間帯の多くは、ストリートミュージシャンをしている時間帯と重なってますから、バイクに乗ること自体が少なくて、実際、この道路については過去にこの時間帯に通行したことはありませんでした」
 「過失責任もないというあなたの主張をまとめると、まず当日実際に通行した経路では標識を確認する機会がないし、一方通行ではない時間帯にここを通行した経験から相互通行だと思っていた。だから過失責任を問われることには納得できないということですか?」
 「はい」
 「他に何か付け加えることはありますか?」
 「法律の専門家ではないから詳しいことまでは調べて来られませんでしたが、たしか過去に、一方通行道路に脇道から進入して逆走してしまった事件で、その交差点に標識がなかったために無罪判決となったケースがあったというのを何かで読んだ覚えがあります。今回のケースもそれに準ずるものと思います」
 「いや、そういう意味ではなくて、本件について、他に何か汲んでほしい事情がありますかという意味です」
 「その後この道路の様子を時々見ていて思うんですが、そもそもあまり通行量がありません。道路の左端にタクシーなどが停まっていて、時々通る一般車両がそれを避けるようにして道路中央の区分線の上を通行しているような状態です。だからそれらの車は右側の車線を通行しているとはっきり分かる形ではなくて、Uターンした時に、対向車の様子からすぐにここは一方通行なんだと気づくことも難しかったと思います」
 速度違反についての質問に進む。
 「これに関しては、起訴状記載の事実自体はその通りだと認めるんですね」
 「はい」
 「この日はどこからどこへ行こうとしていたんですか?」
 「状況から考えて、鹿児島市内から隼人町の実家に帰るところです」
 「現場は片側2車線、計4車線の道路ですね」
 「はい」
 「見通しのよい道路ですか?」
 「はい。広いですし」
 「歩行者は?」
 「滅多に見かけません」
 「こういった道路での、時速30キロ以下という原付の速度規制が、あなたとしては納得いかないとい
う主張ですね」
 「はい。これは、もし速度違反で捕まることがあれば必ず裁判にしてはっきりさせたい問題だとずっと思ってました。現行の、時速30キロ以下という原付の速度規制には納得いきません」
 「こういう道路での30キロで運転してはかえって危ない、という意味?」
 「それもありますが、現に30キロ以下のスピードで原付を運転してる人なんかほとんどいない現実があります。法律が実態に即していない。この速度規制を決めた当時と現在とでは、道路の整備状況も原付の性能も全然違いますから、そういう現実になるのは当たり前で、今ではこの規制は、取り締まりのためだけにある法律になってしまっているように思います」
 「30キロでも50キロでも危険ではないと?」
 「そうですね。50キロでもそんなに危険ではありません」
 「人通りが多かったり死角があったりする道路ではなく、こういう広くて見通しのよい道路では、という意味ですよね」
 「もちろんです」
 「時速50キロで原付を運転した事実は認めるが、それを定めた法律自体がおかしいということですか?」
 「そうです。取り締まりのためだけの法律はいかがなものかと思います」
 「しかし納得がいかなくても法律は守らなければいけないと私なんかは思うんですが、それについてはどう考える?」
 「悪法も法なりとよく言われますし、実際にそれで取り締まるんだけど……」
 とここで裁判官が介入。
 「君ねえ、訊かれてんのは……納得いかなくても法律は守んなきゃいけないってことをどう思うかだよ。守らないってことだね。守んないってんならそれでいいんだよ」
 いやいやいやいや、法律観について訊いてんだから、自分の法律観を述べたっていいだろう。
 「訊かれてることわかる?」
 いかにも小バカにしたような口調で裁判官が続ける。
 「これからは納得いかなくても守るとここで云えないんだね」
 「まあ、できるだけ守るようにはします」
 とテキトーにお茶を濁しとこうかと考えるが、もちろん鬼裁判官はそう甘くはない。
 「ってことは破ることもあるっつーことやな。構わないよ。君の意見変えようと思わんから。そういう態度を前提に判決を出すよ」
 って裁判官、なんでいきなり関西なまりやねん。
 「30キロ規制はおかしいです」
 とあくまで正面突破を図ってみる。これはマズいと見たらしく弁護士が、
 「今後は法律を守った上で、主張すべきことは主張していくとした方がきちっとしてていいんじゃな
いの?」
 と助け舟を出す。すいませんセンセイ、私まだ反抗期なんです。
 「それはやり方の問題としてはいろいろあるでしょう。議員に陳情するとか、そういうやり方もあることは分かりますが、そういうやり方だけが正しいとは思いません。とにかく今回は30キロ規制は本当に正しいのかという問題提起をしているんですから、私としては判決で法律を改正すべきであると指摘してほしい。納得できる法律に変えてもらって、その上でなら法律を守っていくことができます」
 「おかしいってなんなの。君のポリシーは聞いた。今後どうするかを訊いてるんです」
 また裁判官が横槍。おいおい今は弁護士による被告人質問タイムちゃうのんか。
 「私は正直、速度違反については今回は有罪でも仕方ないとは思っています。しかし少なくともこの法律には問題があるということを判決文で指摘してもらうことによって、法改正を促してもらえればそれでいいと思って裁判をやってます」
 我が身を犠牲にしてまで世のため人のために働こうというこのケナゲな訴えを、鬼裁判官は一蹴する。
 「ポリシーあるなら責任もって(納得できない法律は守りませんと)云えばいいじゃない。今後どうするの」
 「30キロで原付を運転するのは難しいです」
 「ああ、そうですか……」
 と弁護士が力なくうなだれた。
 「だから法律を変えてください」
 となおも食い下がろうとする私を制し、弁護士が質問を変える。
 「なぜ任意出頭要請に応じなかったんですか?」
 「前に経験した刑事裁判で、捜査段階で何か云うと、すべて裁判の段階では不利な結果につながると分かりました。だからその後は一切、捜査段階での協力はしないことにしています」
 「ただ、裁判ではきちんと云いたいことは云うつもりだと、そういうことですね。ええっと……はい終わります」
 唐突に弁護士による被告人質問は打ち切られてしまった。
 今度は検察官による被告人質問だ。
 「あなたはアーケードを通って一方通行道路に出て、途中まで運転してUターンした、と。交番の前に警察官がいるのが見えていなかった?」
 「見えたかもしれませんが、交番の前に警察官がいるのは不思議じゃないです」
 「なんで捕まった時に、今のような話を主張しないで、素直にキップにサインしたの?」
 「捜査段階では主張はしません。こっちに時間の余裕がある時ならサインもしませんが、この日はさっき云ったように行くところがありました。サインしないと云って粘ると1時間も2時間も警察に付き合わなくてはなりません」
 「ファミリーマート方向(呉服町方向)から来ましたと警官に云わなかった?」
 「警官に何と云ったか詳しいことは覚えてませんが、走って来た方向としてはそれで間違っていないはずです」
 「昼間に何度もこの道を通ってるのに標識をみていない? 時間規制も? 何回も通っているのに?」
 「何回も、ではありません。何回か、です」
 「通ったことのある道なのに、あそこの規制だけ知らない?」
 「一度でも通った道の規制は全部覚えていなきゃいけないというなら、あれも私の過失だったということになるかもしれません」
 「反則金は納めないようにしてるんですか? それはポリシーですか?」
 「明らかに私が悪いなら払うけれども……」
 「他の東京と福岡での違反では呼び出しはないんですか?」
 「それぞれ1、2回ありましたが、同じように任意出頭を拒否して、そのままになってます」
 「他の違反でも呼び出しを受けたが出頭していない、と」
 「はい」
 「終わります」
 検察官の被告人質問は短く終わった。まあ、すでに被告人自らさんざん裁判官の心証を害してくれているから、検察官はもう何もしなくても勝ったも同然の気でいるだろう。そしてそれは正しいだろう。

 弁護士が何とか挽回しようとして、再度の被告人質問を裁判官に求める。
 「一方通行違反の件、気持ちはわかるけど、交通違反はほとんどの場合が過失なんだし、よほどの場合でないと過失責任もないという扱いにはなりませんよ」
 裁判官がまた参入。ここからは実質、裁判官による被告人質問、いや被告人糾弾である。
 「自分が走ってる道には当然ルールがあるって知ってるのが運転者の義務だってわかるよね。Uターンする前にその道にどんな規制がかかってるか分かってた? 君は双方向通行の道路だったらどっちからでも同じ規制だと思うの? Uターン前に、反対方向には違う規制がかかってるかもって思わなきゃいけなくないの?」
 うーん……正論。しかし現実にはそれは事後的に云える正論にすぎないようにも思う。私が走行したのは双方向合わせて結局ほんの50メートルくらいだし、時間にしておそらくUターン前も含めて1分間前後、Uターン後、違反状態ではほんの10秒間程度だろう。それだけの間に規制をすべて把握せよとい うのは酷だ。
 「そういう道路もあることは分かってますし、ちゃんと確かめるべきだと思います。しかし、今回のケースではUターン地点までに標識がないし、その規制を認識する機会がありません」
 「確認してから走るのが君の義務じゃないの?」
 「今回のケースでそこまで求められても……」
 「そこまで求められるよ。標識の存在自体はわかるだろう。標識の裏側を見てて、俺にとっては裏側だから関係ねーと?」
 「それは後づけだから云えることです。裏側になってる標識には気づかなかったし、Uターンしてみて自分が通行しようとしている車線が空いていて、こっち向きに駐車禁止の標識なんかがいくつか立ってるのも見えるから、あの状況では禁止された方向に自分が走っていることには気づきようがないです」
 「君の理屈では1メートルおきに標識つけなきゃいけない。そもそもどういう道路を通行してるか確認しとかなきゃ」
 「原則はそうだけども、このケースでそこまで云われるのは求められすぎ……」
 「求められすぎなのか? 君は気づかなかったけど、客観的に危険だったろう」
 「そんなに危険な状況ではなかったです」
 「危険だねえ。そういうこと先々考えないと危険だよ。注意する必要があったと思う。そのためにさ、道交法があって。人の命を守るために」
 「もちろん気をつけてます。自分が事故に遭いたくないだけじゃなく、他人を巻き込んで傷つけるのもイヤですから。形式的には道交法は人命を守るためにあるというのも分かります。しかし、今回の実際の状況では、対向車があったわけでもないし、そういう個別具体的な状況を無視して一般論を云われても……」
 「免許は原付だけ?」
 「はい」
 「車はもっと難しい免許の試験があって、より早い速度で運転することが許されてる。原付ではそこまで試験内容ないでしょ。それでも性能的には50キロ、60キロで走れるから走っていいことになんのか?」
 「今、車でも一般道路での最高時速60キロの規制は現実に合ってないから法改正しようという動きがあって……」
 「それはいいけど、それが認められたら、その時はまた免許の試験内容とかパックで変えていくんだから」
 「私も今こうして問題提起をしてます。法がおかしいという……」
 「はじめから法律を守る気のない人が言っても説得力ないよ」
 「法律のすべてを否定してはいるわけではありません」
 「これからも原付を運転する、30キロの速度規制は守れない。それでいい?」
 「私が云ってるのは……」
 「質問に答えればいい。原付の運転は続ける、30キロの速度規制は守れない。それでいい?」
 「云い直します。自分は道交法に違反した。それで今回は有罪判決となってもかまわない。しかしそもそもこの法律はおかしいということを判決文に書いてほしいということです」
 「何云ってんの。君がこれからも……」
 と裁判後すぐにレポートを書いたS嬢が「以下ループ」としているとおり、裁判官はとにかく私が今後も確信犯的に違反を続けるという一言を引き出そうとする。だんだんシビレを切らしてきて、口調も、
 「守るつもりないってことでええんか」
 ともうごっつ関西弁になりよる。
 「違反したくないから云ってるんです。40キロ、50キロで走ってる原付がほとんどなのに、法定速度は30キロのままです。多くの人が自然に守れる法律に変えてください。今の時点では30キロ規制を守るという約束はできません」
 ついに云ってしまった!
 裁判官が満足げに云う。
 「それを前提に裁判するよ」
 初公判はこれにてお開き。
 さあこれはもう負けたも同然だあ。
 弁護士による被告人質問の途中から、鼻炎の薬が本格的に効いてきて、口の中がカラカラ、もっといろいろ云いたいのに、ロレツが回らなくてうまく喋れなくなった。それをいいことに、鬼裁判官の畳み掛けるような追及。傍聴席からは、私はいかにも哀れな被告人に見えたことだろう。なんかすげー悔しい。
 次回、思いっきりやり返すつもりだ。
 反抗期の子供の恐ろしさを思い知らせてやらねばならない。
 閉廷後の交流の席で、我々団員のI同志が、「あの裁判官、実務に必要な法律の知識は溜めこんでるんだろうけど、法哲学が感じられないんですよ」と云っていた。そう、それ! 私が始終イライラしたのもそこだ。さすが同志、よくお分かりでいらっしゃる。
 いずれにせよ次回公判は、ぜひ多くの人に傍聴してほしい。正直、今回の公判には半身で臨んでいた。余計な波風を立てず、淡々と無罪の主張をしたかった。ところが日本の法廷ではそれが難しい。シュンとしてない被告人をマノアタリにした裁判官はいきなり怒り出す。交通違反云々よりも、もともと私が本当に問題にしたいのは、そういう日本の前近代的な司法の実態についてだ。私なりのやり方で、玉砕覚悟の正面衝突をしてやる。
 もう交通違反のことなんかどうでもいい。