『人民の敵』第40号
2018.01.1発行)

内容
収録日
収録場所
400字詰
原稿用紙換算
〈単行本用未発表原稿〉『全共闘以後』第三章 第3節(1)
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約193枚

単行本化のアテもないままライフワーク的に08年頃からコツコツと書き進めてきた『全共闘以後』が、なんと来年春ごろ某社から刊行されることになった。そんなわけで急いで書き上げなきゃいけなくなり、『人民の敵』の通常コンテンツであるインタビュー・対談・鼎談・座談会などの誌上再現は、とくにテープ起こしをやる時間がなくて不可能で、緊急措置としてこの原稿を書き上げるまでの間は、書き進めた分をそのままどんどん掲載していくことにした。

ただし、とにかく最後まで書き上げることを最優先し、分量のことはとりあえず考えず、書きたいことは全部書いてしまう方針で書き進めていくので、とてもじゃないがそのまま単行本化できないぐらい膨大なものとなりつつあり、実際の単行本化の際にはおそらく5分の1以下、もしかすると10分の1ぐらいにカットすることになると思われる。つまり『人民の敵』に掲載されるのが本来の“超詳細バージョン”、実際に刊行されるのは“ダイジェスト版”となり、わざわざ“購読”しても損はないはずである。

1.第3号掲載の「序章」、第16号掲載の「第一章」、第29号掲載の「第二章・前篇」、第36号掲載の「第二章・後篇」、第37号掲載の「第三章1」、第38号掲載の「第三章2」、第39号掲載の「第三章3」の続き。第三章では、「ドブネズミたちの反乱」と題し、マスメディアがすでに死んでいて重要な運動がほとんどまったく報道されず、かつインターネットの普及以前で当事者側による自主的な情報発信にも限界があったため、現在でもほぼ知られないままとなっている80年代後半の若者たちによるラジカルな諸運動について詳述する。本号から始まる第三章・第三節では「反天皇制全国個人共闘〈秋の嵐〉」について詳述する。

本号掲載部分では、天皇死去前後の活動(前期・秋の嵐)においても、弾圧による89年2月頃の実質的壊滅を経て90年秋に“反天皇制”の運動というより“路上解放”的な異形の運動として復活する時期(後期・秋の嵐)においても、中心的な役割を担った見津毅の、早大時代の異端的ノンセクト運動に主に焦点を当てながら、やがて87年9月に「秋の嵐」を結成するに至る経緯を追いつつ、そもそも新左翼が“反天皇制”をテーマに掲げるようになった経緯(70年代に入ってからである)、88年9月19日に昭和天皇が危篤に陥って以降、89年1月7日の死去を経て2月24日の葬儀(大喪の礼)に至る約5ヶ月間の異様な“自粛”状況、そしてさらに、この時期に秋の嵐以外に唯一(新左翼党派の対皇室ゲリラとかは別にどーでもいい)、目覚ましい反天皇制運動の実践をおこなった老アナキスト・向井孝(03年死去)の諸闘争についても脱線的に触れている。

なお、2018年9月に単行本化されるダイジェスト版の『全共闘以後』では、本号掲載部分はわずか原稿用紙換算4枚(!)に圧縮(というよりほぼ省略)されている。