『人民の敵』第18号
2016.3.1発行)

内容
収録日
収録場所
400字詰原稿用紙換算
〈対談〉with 岸井大輔
2016.03.02
福岡
約108枚
〈発掘インタビュー〉with 下松勝人
2001.?.?
福岡
約64枚

1.謎の成り行きでファシストの巣窟(要は外山邸)に1週間ほど滞在することになった、どうも斯界ではそれなりに著名な方であるらしい劇作家・岸井大輔氏に、あえて対面前にプロフィールを調べておいたりせず、「どういうことをやってきた人なのかは本人に直接訊こう」と開き直って実際そうしてみた、したがって岸井氏の活動史や演劇論・芸術論が、それをまったく知らない人にもイチから分かるように語られた、おそらくかなり貴重なインタビューである。しかし一方は大東京のど真ん中でのまさにエリート的なサブカル体験の数々、他方は今も熊襲とか住んでかねない化外の地でさだまさしとかを心の支えに学生運動に挺身し始める文化的不毛……とても実は同い年とは思えない青春の落差もきっと超オカしい。

2.2001年、つまり外山がまだ“異端的極左活動家”だった最後の時期、『ムーブメント』なるウェブ雑誌の発行を企図して2号で挫折したことがある。同誌には「先輩に訊く」という連載企画があり、この下松勝人氏へのロング・インタビューはその第2回目としておこなわれたもので、まあ昔から外山は“知られざる運動史”の発掘に熱心だったのである。下松氏、70年代後半に福岡は筑豊でアングラ高校演劇(?)の雄として頭角をあらわし、福岡市内の大学に進んで以降も演劇を中心にアングラ・シーンで旺盛に活動、やがてジャンルを横断する福岡のアングラ系アーティストをネットワークする「大耳レーベル」を立ち上げて、01年当時すでに“博多アングラ帝国の象徴天皇”と(外山に勝手に)呼ばれた偉大な人物である。その半生を文字どおり根掘り葉掘り訊いてみた。