『人民の敵』第8号
2015.5.1発行)

内容
収録日
収録場所
400字詰原稿用紙換算
〈座談会〉外山恒一をどくんご関係者で)囲んで飲む会
2015.03.04
東京
約71枚
〈対談〉千坂恭二
2015.03.07
大阪
約66枚
〈インタビュー〉『サルママ』編集部
2015.04.23
宮崎
約32枚
〈インタビュー〉小野和道
2015.04.25
宮崎
約36枚
〈インタビュー〉
2015.04.28
熊本
約47枚

各コンテンツの内容と冒頭部分
(もともと一般公開を前提としていない内容で、コンテンツによってはサシサワリある発言も多く、3段組レイアウトの冒頭1段のみ掲載します)
(各コンテンツのタイトル部分をクリックすると、全体の約10分の1の“抜粋”を読めます)


コンテンツ1 〈座談会〉外山恒一を(どくんご関係者で)囲んで飲む会

 かつては4年に1回のツアーで“オリンピック劇団”とも呼ばれた「劇団どくんご」だが、他のテント劇団が次々と失速し、ついに旅公演をおこなうテント劇団は他はすべて消滅してしまっていた2009年から、逆に毎年、しかも“4年おき”時代の倍ぐらい公演地を増やして全国約40ヶ所公演を続けてきた。さすがにいったん立ち止まろうと、来年からまた毎年やることにして今年は1年間の“充電期間”だそうである。このところ毎年どこかで顔を合わせていた各地の関係者とも今年はなかなか会う機会がない。……ということで、意識して場を設けようと、外山の上京に合わせて東京の「どくんご」関係者が開いてくれた飲み会である。30年以上の歴史を持つ「どくんご」の知られざるエピソードはもちろん、外山と「どくんご」さらには他のテント劇団との関わり、その経緯など、読みどころ満載。


コンテンツ2 〈対談〉with 千坂恭二

 第4号での“アナキズム論”に続いて今回は“ファシズム論”。日本の研究者たちはまったくついて行けてない世界のファシズム研究の現状や、そもそもアナキズムの中あるいは周辺からファシズムが生まれてきた具体的経緯など、今回もタメになる話が盛りだくさん。特異な右翼団体であったフランスの「アクシオン・フランセーズ」の第2世代が、アナキズム系のサンディカリストと合流して結成した「プルードン会」こそがファシズムの源流であるという話、第1次大戦後のベルサイユ体制下でフランスの支配に抵抗したドイツ民族主義過激派にかのコミンテルンが連帯の意を表明したエピソード、世界のファシズム研究者の間で議論が戦わされているファシズムの“右翼出自説”と“左翼出自説”、一見似ているスターリンの“一国社会主義”とヒトラーの“国家社会主義”の違い、しかし最終的には“何をやったっていい、ただし選挙にだけは出ちゃいかん”という結論に……。


コンテンツ3 〈インタビュー〉with 『サルママ』編集部

 2015年の(とっても名誉ある)「外山恒一賞」を見事受賞した、とても宮崎くんだりで編集・発行されているとは思えない、全国どこに出しても恥ずかしくないどころかむしろ威張れるレベルの本格派サブカル系ミニコミ『サルママ』。もともと90年代に4号きり発行され事実上終刊していたものが、実に16年ぶりに昨年復活したのである。復活に至る経緯、地方都市で試行錯誤する志などについて聞いた。


コンテンツ4 〈インタビュー〉with 小野和道

 上記『サルママ』スタッフたちにも“宮崎の宝”と呼ばれる“小野ジイ”。今年84歳だとはとても思えないパワフルな現役の文化活動家である。図書館職員の傍ら宮崎の文壇・論壇で活躍、70年代から90年代にかけて、「状況劇場」(赤テント)や「天井桟敷」(寺山修司)と並び称されるアングラ演劇の老舗「黒テント」の宮崎公演現地スタッフを務め、また70年代の宮崎のカウンターカルチャーの震源地となったヒッピー・コミューン「夢見るやどかり族」と交流、やがて90年に図書館職員を辞すや“これからはますますやりたい放題やってやる”と活動を加速させ、若者たちがサブカル系ミニコミ誌『サルママ』を立ち上げるといち早くこれを熱狂的に支援し、「黒テント」が勢いを失っていた90年代初頭から今度は「劇団どくんご」宮崎公演の現地スタッフ業務を中心的に担う。Jポップも聴くし若者向けの日本映画も観まくってるし、外山の例の「政見放送」にも全国の「どくんご」関係者の中で最速の反応を寄せてきたと演出家どいの氏も驚愕していた。そんなスーパー老人“小野ジイ”に、来し方を徹底インタビュー。


コンテンツ5 〈インタビュー〉with 準

 韓国人なのに“留学生枠”ではなくフツーに日本語での一般入試を経て熊本大学に入学し、「なんで日本の学生は学生運動をやらないんだー」と日本人だけが理解できないグローバル・スタンダードな義憤に燃えて、だったらオレが何とかする、と“熊大アナキズム研究会”や“熊大エスペラント研究会”を立ち上げ、演劇部や新聞部に飛び込み、文化サークル連合の会長にまでのし上がりながら現在鋭意奮闘中の準君。熊大から学生運動が消滅してしまったのはなぜなのか、と熊大学生運動史の研究にも余念がないようで、とりあえずその“研究成果”を訊いてみた。『デルクイ02』の脇元寛之氏インタビューではまだ未解明だった“90年前後”以外の熊大学生運動史が、真のグローバル人材・準君の手で徐々に明らかにされつつある。