ヒッチハイクマニュアル

退屈お手上げ会議パンフレットより

 (拍手)
 こんにちは。日本ヒッチハイク学会の理事を務めております外山恒一、ヒッチ8段でございます。
 本日は、全国各地から東京へヒッチハイクで行く、という想定で、ヒッチ初心者である会場にお集まりのみなさんに、ヒッチハイクのやり方をできるだけ詳しく、ご説明したいと思います。
 まず、基本を3点、ご説明さしあげて、その後にみなさんからの質問に応える、という形をとります。

    基本1 ……SA間移動

 「SA間移動」などというと、なんだか現代物理学の最先端をゆくきわめて難解な学術専門用語のように思われるかもしれませんが、これをぼくなりに、元の言葉のニュアンスをできるだけそこなわないよう、大衆のみなさんに分かりやすいような形に云い換えるとするならば、つまり高速道路のサービス・エリア間を移動することです。サービス・エリアとは、50〜100kmおきくらいにあるレストラン、トイレ、休憩所、ガソリン・スタンドなどがあるところで、かなりの数の車がとまっています。
 ──あ、わかりやすい!(大衆の声)
 SAの他にPA(パーキング・エリア)といって、SAに比べて小規模の施設も30kmおきくらいにありますが、とくに夜中などはほとんど車がとまっていない場合が多いので、できればここはやめておいたほうがいいでしょう。
 また、たとえば九州や北海道から、いっきに東京まで行く車にあたる確率は、時間帯にもよりますが、そう高くはありません。平均して10台近く乗り換える覚悟が必要です。
 あなたはSAでレストランやトイレから出てくる人に、「すいません、ヒッチハイクで旅をしているんですが、途中までで構いませんので乗せていただけませんか?」と声をかけてまわります。このセリフは百回くらい繰り返し練習して、ソラで云えるようにしておきましょう。
 たとえば今あなたがいるSAが広島付近のSAだったとします。そこであなたを乗せてくれるという運転手が大阪へ行く人であれば、あなたはその運転手さんが降りるインターチェンジのひとつ手前のSAで車を降ります。
 そして今度はそのSAで、京都・名古屋・横浜、できれば東京まで行く車を探して、SA間移動をくりかえします。このSA間移動については、「多少SAで時間を浪費してでも、一度に長距離を行く車を探した方がいい」とする派と、「いや、ひとつでも先のSAに行けるのなら、その車に乗った方がいい」とする派の2派が学会でも論争を続けています。ちなみにぼくは後者、倉田三平8段は前者のそれぞれ代表的なイデオローグです。これはつまり、少しでも早く目的地に着こうとする効率優先か、多少効率を犠牲にしてでもゆったりと移動したいかという問題であり、ここには資本主義か社会主義か、現実主義か理想主義か、右か左か、都会人か田舎者か、ハードボイルドかメンズ・リブか等のさまざまな対立の要素が含まれているとみていいでしょう。ヒッチハイクの作風ひとつとっても、あなたの思想性がそこで問われるのです。
 ──そんな難しいことよく分かんなーい!(大衆の声)
 失礼しました。続けます。
 このSA間移動にあたって留意すべきことは、近年、高速道路網の発達により、全国かなりの地域を高速道路がカバーしているという反面、地域によってはかなりややこしい接続がされており、京都へ行くつもりが、気がついたら舞鶴自動車道に迷いこんで福井の方へ向かっていた、などというミスも初心者にはありがちなことなので、SAに置いてある日本道路公団発行の高速道路地図(タダ)をよく見て、そのような間違いのないよう、充分注意していただきたい。

    基本2……インター・ヒッチ

 さて、SA間移動についてはもうおわかりでしょうが、ここでまず最初のSAにどうやって入るかという疑問があるでしょう。
 あなたの住んでいる街の比較的近くにSAがあれば、電車・バスなどを使って、あるいは徒歩で、SAの従業員用入口から入るという手もあります。万一見つかっても、とがめられるようなことはほとんどありません。
 しかし、SAはたいていものすごい山奥にあるので、よっぽどのドドドドド○舎に住んでいる人でなければ、近くにSAが都合よくあることは少ないでしょう。そこでまず、ごくふつうの高速道路のインターチェンジからヒッチハイクをする方法をお教えします。
 まず、一般道路からインターチェンジへ入る角に信号がある場合。
 インターへ入る確率が一番高い車線に、赤信号で車が止まるのを待ちます。車が止まったら、運転席に近寄り、「すいませーん!」と叫びます。窓が開いていれば、「ヒッチハイクで旅行してるんですが、もし高速道路へ入るんでしたら、途中のサービス・エリアまでで構いませんので、乗せていただけないでしょうか?」と訊きます。このセリフも暗記カードなどで学習する必要があります。窓が閉まっている場合でも、何かモノ云いたげに頭など下げながら運転席に近づけば、たいていは窓を開けてくれます。ごく稀に、何を思ってかあなたの存在をまったく無視して、気づかないフリをして前方をじっとニラみ続けていたり、物盗りとカン違いしてのことか、急に怒鳴りつけられたりすることもありますが、そういう失敬な連中に対しては、車の発信直後に気づかれないようにファック・ポーズでも出してみたり、「サノバビッチ!」などと呟いてみたりするとよいでしょう。
 信号がない場合は、例の、我々専門家も「ヒッチの手」と呼んでいる、親指を突き立てて道路脇に立っている方法しかありません。ここで間違っても中指など立ててはいけません。親指です。
 料金所のあるところまで徒歩で上がっていくと、道路公団など日帝の交通権力の手先がぎゃーぎゃーうるさいこともあるので、できるだけ、一般道と高速入口との分かれ目のところで「ヒッチの手」を出しましょう。だいたい10分から30分もねばっていれば、誰か乗せてくれます。めったにないことですが、最悪3時間は覚悟しておきましょう。SAでもそれは同じです。

    基本3……一般道ヒッチ

 「一般道ヒッチ」などと云うと、これまた意味の生成に関する哲学思想上のアポリアをめぐる最前線の問題意識なくしては理解できないような、高尚な概念かと思われるでしょうが、難解な概念は難解さを持たざるをえない必然性を帯びているんだということを承知で、あえて誤解を恐れずに大衆のみなさんにギリギリで理解できる程度に平たく述べますと、「一般道ヒッチ」とは、一般道でやるヒッチのことです。
 ──あ、分かりやすい!(大衆の声)
 例えば、あなたの住んでいるところがインターチェンジまでもかなり距離のある場合には、もはや一般道からヒッチを始める他ありません。
 やり方は、さきほど述べたインターチェンジでの信号を使ったヒッチとほぼ同じです。赤信号で止まっている車に声をかけ、最初に述べたSA間移動と同じ要領で、何台もの乗り換えをおこないながら、目的地をめざします。

 さて、基本的にはこんなところですが、何か質問などあればどうぞ。
 ──寝る時はどうするんですか?
 運転手との話は、よほど話の合う相手でなければ、たいてい30分もすればネタが尽きてしまいます。その後であなたが眠ってしまっても、文句を云う運転手はそういません。
 ──時間はどれくらいかかるんですか?
 大体100km1時間と考えて計算し、その1.5倍くらいとみておけば良いでしょう。鈍行列車に比べるとヒッチハイクの方が早いです。例えば福岡-東京間は鈍行では約22時間ですが、ヒッチハイクの場合は20時間、スムーズに乗り換えができれば15時間以内です。
 ──食事はどうしますか?
 SAなどですませてもいいし、パンなど持っていってもいいでしょう。時折、おごってくれる運転手もいますので、車中で自分がいかに貧乏であり、かつまたハラをすかせているかを、ハナにつかない程度にそれとなくアピールしておくのもよい方法でしょう。
 ──女性でもヒッチハイクはできますか?
 トラックの運転手などの話によると、ヒッチハイクの女性を一発ヤラせてくれるまで降ろさなかったとか、トラック仲間で回したなどという例もよくあるようなので、ハイハイとはお勧めできませんが、一人でなければまず大丈夫でしょう。女2人あるいは男女カップルで、または3人(1台の車でのヒッチハイクは3人が限度)で、運転手一人の車に乗れば、危険な目に遭うことはほとんどないでしょう。それでも危険な目に遭う確率は、男が一人でヒッチをやる場合のそれよりも低いと思います。また、女一人のヒッチハイクでも、女性運転手や家族連れ、老夫婦などの車に的をしぼって声をかければ全然問題ありません。
 ──目的地に近づいたらどうやって高速から出るのですか?
 例えば東京が目的地なら、都内へ降りる車を探して乗せてもらいます。適当な駅ででも降ろしてもらえばいいでしょう。
 さあ、他に何かありませんか? ないようであればこれで終わります。
 何年前のことになるでしょうか、89年の3月に、東京大学駒場寮で、とあるイベントがありました。ぼくや倉田が「ヒッチ大王」の称号をお贈りし、日本ヒッチ界の最高峰、ヒッチ道の尊師と仰ぐ偉大な先生があらせられるのですが、大王様はその89年のイベントに、広島からヒッチハイクで参加なさいました。大王様はなんと、広島のインターチェンジからたったの1台で、会場である東大駒場の正門前まで乗せてもらったと伝え聞いております。
 ──お、おぉーっ!(大衆のどよめき)
 みなさんも、偉大なヒッチ大王様の何万分の1でも、ヒッチの道を究め、日々精進なされることを切に希望して、講演を終わらせていただきます。
 ──わ──っ!(拍手、拍手、拍手)