子ども自身による反「管理教育」運動なるものは、ほとんどゲロゲロである

別冊宝島『子どもが変だ!』に掲載
その後『注目すべき人物』にも全文収録

 一九九〇年十一月三日。この日、福岡県北九州市のある小さな旅館のホールで、「子どものティーチ・イン」と銘打たれた集会が開かれた。案内のチラシには、「主催 北九州人権フォーラム実行委員会」とあり、代表の弁護士の名が添えてある。
 予定の午後二時を少し回って、集会は始まった。会場の構図にまず、ゲロゲロ感を覚える。
 広い会場の前半分小学校高学年から高校生、浪人生くらいまでの「子ども」が円卓状に三、四十名並び、後ろ半分に「大人」たちがこれも二、三十名、列を作ってみな「子ども」たちの方を向いて並んでいる。「子ども」たちが自由に話し合うのを、「理解ある大人」が温かい目で見守る、という構図だ。「子ども」を「大人」の「保護対象」としてではなく「権利主体」としてとらえ直そうという条約の批准運動をしている人びとが、こういう差別的構図に鈍感なのだ。
 だいたい「子どものティーチ・イン」なんてのを「子ども」自身で創り出すのではなく、「大人」たちの手で用意してやってるってのが大きなおせ話なんだよな。名称自体、ほらほら「子ども」がやるんですよ、珍しいんですよ、ってのを売り物にしているのがミエミエで気持ち悪い。理解ある顔をして「子ども」にスリ寄ってる姿勢が露骨だ(そんなのにダマされる「子ども」もバカなんだが)。
 <「子どもの権利条約」の批准を求める10代の会>代表の菅源太郎氏(17)が、自分の主張(「権利条約」の意義など)を述べ、隣に助言者役として坐っている弁護士がまた主張(「権利条約」の意義および本集会の意義など)を述べ、その後、菅氏の司会でフリーディスカッションが始められた。
 まず、五、六名のサクラ役の中高生が、菅氏に指名されて校則や体罰その他、教師の指導に対する不満を述べる。たいして目新しい意見ではなく、ほとんどが、これまで言われ尽くされた「人権侵害」の被害届だ。
 彼らの発言が終わると、菅氏が「他に意見のある人はいませんか? いれば挙手してください」と言う。
 シーン……。誰も手をあげない。
 何なんだ、こいつらは。言いたいことがあって討論会に参加したんじゃないのか?
 しかたがないので僕が挙手して、「子どもの犠利条約」反対論を述べた。
 「条約の内容そのものに反対なわけではない。問題はこの国の中高生をはじめとする、“子ども”たちの現状だ。例えば条約の内容をそのまま素直に解釈すれば、制服の強制ナンセンス、風紀検査ナンセンス……ということになるだろうが、この国の中高生で服装自由化を望む者がいったいどれだけいるのか。ほとんどは“みんなが思い思いのカッコをしたら学校はメチャメチャになる”なんて本気で信じてるイイ子ちゃんだ。条約の内容を全中高生が理解したらきっと反対するというのが、悲しいかなこの国の現状だ。それなのに条約という形でこの国の“子ども”全体の上にその理念を押しつけようとするのは、それこそ条約の基本的なキーワードである。“子どもの自己決定権”をムシしていることになる。日本の“子ども”たちの現状では、条約批准運動自体が条約楕神に反するという矛盾が起こるのだ。
 だいたい普通に運動しても学校の体質が変わらないからといって法律や条約に頼ろうというのは、それこそあなたがたの批判する、ちゃんと生徒を説得できないから校則に頼ろうとする管課派教師の発想と同じではないか。大事なのは、そんな権威的なものを後ろ楯にすることではなく、一対―の対等な人間として、時に順応型生徒とケンカしてでもしつこく議論をふっかけることじゃないのか?」
 僕のこの意見に対して、菅氏はもちろんのこと、「助言者」の弁護士氏もまともに反論することができない。会場もシーンとしている。たまりかねた後方の母親が、「外山さんの話題はレベルが高すぎて子どもたちに理解できないので、もっとレベルを下げてくれ」というような発言をするので、
 「理解できないのなら、子どもたちが自分の口で“分からない”と言えばいいだけの話であって、あなたが代弁するような性質のものではない。子どもの“自主性”を認めるんじゃなかったのか?」
 と粉砕した。しかしそれでも会場の「子ども」たちは何も言わない。
 こうなってくると、これはもう、「子ども」たちは自分の意志でこの集会に参加したのではなく、ここに来ている「民主的教師」や「民主的父母」に“動員”された者がほとんどだと容易に推測できる。ナンセーンス!
 「大人」がまた助け舟を出そうと後方から、
 「みなさん方“子ども”の側から見たら、どんな“大人”がいちばん腹が立ちますか?」
 と質問した。が、シーン……。僕が、
 「ここに来ている“大人”たちのように、“子ども”と距離をおいて“温かい目で見守っている”ような態度をとる人がいちばんムカつく」
 と親切に解答してあげた。
 そのうち、こういう展開になると必ず出てくる「発言する勇気のない子のためにマイクを回してあげよう」論が出るべくして出た。
 そこで僕は、待ってましたとばかりに、
 「自由に発言してもいい場で何も言えない生徒が、いったい管理派数師の支配している学校の中で何ができるのか」
 と偽善的“思いやり路線”に反対した。
 初めにサクラ発言をした「子ども」たちは、他の参加者に比べてモノを言っていたのだが、彼らのうち学校で部落研の活動をしている一人が、「初めは与えられた場で自分の意見を言うことに慣れるようにし、いずれは学校でも積極的に発言できるようになるんだ。自分もそうだった」と反論してきた。すると何と驚いたことに、今まで黙りこくっていた大多数の「子ども」たちがこの意見に賛同して一斉に拍手した。「一斉の拍手」というものの無言の暴力性、抑圧性は、経験したものにしか分かるまい。自分が孤立した少数派であることを、否が応でも思い知らされるのだ。
 しかし僕は、ここで引いたら負けだと、
 「こんな意見に拍手するくらいなら、何か自分から意見を言ってみたらどうなんだ」
 と追及した。また、シーン……。勝利!
 あー、どーしよーもねー集会。こんな集会は粉砕あるのみである。
 閉会後の交流会で、僕が帰ったあと、「外山くんも、本当はイイ子なんだけどねェ」と言ったオバサンもいたという。余計なお世話というものだ。

 目の前に一冊の本がある。黄色地に赤で題字が書いてある。『先生、その門を閉めないで』。表紙は白墨(正確には黄黒)写真で、神戸高塚高校の生徒たちが校門脇に花を添えている場面が印刷されている。保坂展人&トーキングキッズ編、とある、百二十ページ余りのこの薄い本は、校門圧死事件直後から事件を取材した保坂氏ほかの文章を集めて、事件の約三カ月後、緊急出版されたものである。
 言わせてもらえば、これはまさしく「ふざけた本」である。
 収録されている保坂氏の文章自体は、読んでいられないほどひどいというわけではないが、何の緊張感もない。視点が完全に評論家だ。自分はいったいなぜこの事件にかかわるのか、どうかかわるのか、といったことは、保坂氏の文章を通じて少しも伝わってこない。仕事でやってるとしか思えない。「生徒諸君、羊の群れを疑え!」と思うなら、なぜ現場で彼らと向かい合ったときにそう言わないのか。生徒と面と向かい合いながら、インタビューしているだけではないか。
 とはいうものの、保坂氏の文章などは、この本の中ではまだまだ罪がない。「動き始めたキッズムーブメント」としてトーキングキッズ(ダイヤルQ2を使って中高生向けのラジオ番組のようなものを電話で放送する)のスタッフである伊藤書佳(21)が寄せている「“トーキングキッズ”が長野県に集まった そして語り、遊んだ」や前述した菅源太郎氏の寄せた「批准訴え子どもキャラバン五〇〇〇 」などは、人の死に便乗して自分たちの運動体の宣伝キャンペーンを行なっているとしか思えないほど、事件と無関係な内容である。
 しかしまあ、これらについても、どっちにしろ毒にも薬にもならないものだから、そんなに目クジラを立てるほどのことではない。犯罪的とも言えるのは、伊藤書佳氏と同じくトーキングキッズのスタッフである木村高志氏(20)の寄せている「八月五日、神戸で、高校生の自主的な集会があった」と「高塚高佼の生徒会がアンケートを集約した」の二つである。
 学校の管理体制に対する生徒の怒りを「わたしたち生徒にも落ち度があった」という方向へ世論誘導するような高塚高校生徒会によるアンケートを肯定的に評価する後者も犯罪的だが、さらに問題なのは前者、「八月五日、神戸で、高校生の自主的な集会があった」である。
 ここで言われている“高校生の自主的な集会”というのは、高塚事件を機に三人の高校生(高塚生ではない)がマスコミを通じて呼びかけ開いたものである。
 その集会「見直そうスクールライフ」の模様を木村氏の文章から引用しよう。

 後半は休憩をとってフリーディスカッションに入り、高塚高校の「事件」についてたくさんの高校生から様々な意見が飛び交った。
 A君――(略)
 Bさん――(略)
 C君――(略)
 Dさん――(略)
 その後、討論は徐々に熱を帯びできた。「なぜマイクを持っている人しか発言できないの」「発言しているときは静かにしようよ」「ヤジを飛ばすのはやめにしてください」「こんなルール学校と同じだ」など、途中混乱もしたが学校の教師のように強引に秩序をたもとうとせず、自分たちの規則をつくりその混乱を乗り越え、何が本当の自由なのかをみんな真剣に話し合っていた。

 ここで書かれている「途中混乱も――」というのはもちろん、ぼくの仲間たちによって引き起こされたものである。拙著『校門を閉めたのは教師か』(駒草出版)に同じ集会の報告として載せた「<高校生らしい>集会」ではその詳細を書いたが、ここでは要点だけを説明する。
 木村氏の文章で「Dさん」として出ている僕の友人の発言は、「ひとつひとつの校則をうんぬんするより、学校というシステム全体を問題にすべきだ」という内容のものだったが、これに対して司会者が突然「話が拡がりすぎたので元に戻したい」と口を挟んだ。友人は反論しようとしたが、司会者に続いてマイクを握った高校生が「会の進行を悪くしないように自分は議長に従います」と言ったため、僕らが一斉に、「そんなのは学校で教師に従うのと同じじゃないか」と反発したわけだ。
 「討論には議長の司会に従うというのがルールだ。それに従えないならあなた方は出ていくべきだ」「あなた方みたいな人がいると他の人が困る」「ルールを守れないのなら帰れ!」……僕たちを排除しようとする何人かの高校生の意見に、他の約七十名の高校生も賛同して拍手する。わずか四,五名の僕らにとってはものすごい抑圧だ。僕たちがそれでも会場にいられたのは、これまでも何度も同じような目にあって、ある程度の忍耐力がついているからだ。じっさい、途中から僕らの側についてくれた高校中退生の少年は、僕らが引きとめなければ帰ってしまうところだった。
 二時間近くにおよぶフリーディスカッションのほとんどは、司会進行のやり方やそれに黙って従う大多数の中高生という構図をそのまま学校にあてはめて問題点を浮かび上がらせようという僕らと、数の力で一方的なルールをでっち挙げてそれによって僕らのような「問題分子」を排除しようとする大多数の中高生参加者との、こうしたやりとりだった。それが、木村氏の手にかかると、「学校の教師のように強引に秩序をたもとうとせず、自分たちで自分たちの規則をつくりその混乱を乗り越え」たということになってしまうのだ。
 僕らが会場から排除されなかったのは、前述したとおり、僕ら自身が意地でも彼らに抗議することをやめなかったからであり、学校でも納得できないかぎり何がなんでも教師に食らいついてきたからであって、あの会場に来ていた大多数の中高生とHCN(ハイスクール・コミュニケーション・ネットワーク)のメンバーらは、それこそ「教師のように強引に秩序をたもとうと」したのである。問題を「なかったこと」にしてしまい、虚偽の事実を伝える木村氏の文章は、犯罪的と呼ぶほかない。
 付け加えておくならば、HCNの体質はその後も変わらないどころかますます悪化しており、第二回目の集会時には初回の参加者全員に送られた案内伏が、第三回目の時には僕らにだけ意図的に送られなかった。

 高塚高校生徒会やHCNのこうした明らかに「どうしようもない」運動に対して、反「管理教育」運動の中心、いわば総本山ともいえる青生舎のメンバーはなぜ無批判に迎合し、自らの運動に取り込んでいこうとするのだろうか? この文章の冒頭にあげた<「子どもの権利条約」の批准を求める10代の会>も、青生舎の周辺から出てきた運動である。また青生舎が最近力を入れている「トーキングキッズ」自体も、「どうしようもない」運動である。
 スタッフが製作する五分くらいの番組を電話で聞いて、その感想を、青生舎の留守番電話に入れる、といったしくみなのだが、こうした“理解あるお兄さんお姉さん”が中高生に“自由な場”を提供してやって、いったい何が始まると思っているのだろうか。“自由な場”は中高生が自分たちの力で勝ち取っていくべきなのであって、自らの場を自らの手で主体的に獲得していく過程なしにそのような場を手に入れてしまえば、彼らはそこで満足してストップしてしまう。「与えられた自由」の中で自分を表現できる人間がいくら増えたって、自由でない世の中は少しも変わらないのだ。
 中高生の「どうしようもない」運動に迎合して何かをやっている気になっているのは、何も青生舎だけではない。今の反「管理教育」運動の主流はみなそうなのだ。
 <10代の会>や<HCN>を何か素晴らしい運動のように持ち上げてチヤホヤする<どこどこの教育を考える会>的な大人の運動は数え上げればキリがない。彼らは例えば、どこかの中学で生徒が「校則見直し」を行なってリボンの幅の規制が一センチほど緩くなったとか、靴下の色が“白のみ”から“白・黒・茶の三色”になったとかいう「成果」を挙げると両手を上げて喜んだりするわけだ。「教師による露骨な管理」から「生徒自身の手による(と見える)よりいっそう巧妙な管理」に状況は悪化したのだということにも気づかずに。
 こうしたナンセンスとしか言いようがない現象が、いま反「管理教育」の運動の世界に全般的に見られるのはいったいなぜだろうか?
 その第一の理由は、全国で反「管理教育」を戦っているほとんどすべての運動体(親・教師・子どもの別を問わず)は子ども(生徒)をたんに「被害者」としてしか設定していない、というところにある。
 たしかに「学校」という場に限定して考えるなら、教師というのは「管理する側」「抑圧する側」「評価する側」つまり「支配する側」であり、対して生徒というのは「管理される側」「抑圧される側」「評価される側」つまり「支配される側」であるというのは否定できない事実であって、そういう原理で「学校」という場は成立している。だが同時に、それはあくまで原理であって、現実に表面に現れている事態はもっと複雑である。
 このことは、何も難しい理屈を並べたてなくとも、今の学校の中で教師たちによる管理に果敢に立ち向かっているごく少数の中高生にとっては、経験的に明らかであろう。というのも、これは僕自身の経験に照らしても言えることだが、中高生が学校の中で起ち上がったときに(たとえば風紀検査や校門指導の際に教師に向かって文句を言ったり、あるいは学校新聞に教師批判の記事を書いたり、また校門前でビラをまいたりしたときに)まず最初に直面する問題は、教師による圧力ではなく、他の生徒から浮き上がり、疎外されるということである。いやもちろん教師からの圧力はあるのだが、それは学校のやり方に抗議することを始めた時点で覚悟できていることなのであって、むしろいったん起ち上がった中高生を萎縮させ、潰すのは、周囲の生徒からの疎外感であることがほとんどなのである。
 彼らにとって「抵抗すること」は「ダサイ」かつ「アブない」ことなのであり、抵抗者を奇異の目で見、嘲笑し、仲間外れにし、時に「いじめ」の標的にする。そしてそのことによって現在の中高生のほとんどは、原理的には「管理される側」にいながら、現象的には「管理する側」を支えているのだ。生活や感性を抑圧され管理されながら、それゆえに少数者を抑圧し管理するのである。中高生たちは学校の管理による「一方的被害者」などでは断じてないのだ。
 しかし、戦う中高生にとって自明なこのことが、反「管理教育」のほとんどすべての運動体(主流)にはまったく理解されていない。彼らにとっては今も「生徒=一方的被害者」というのが絶対の公式なのだ。
 反「管理教育」運動の腐敗を生み出すもう一つの理由は、ほかならぬ「管理教育」という言葉そのものの中にある。
 「管理教育」という造語を無検討に多用するために、あたかも「管理でない教育」が存在するかのような幻想をほとんどの運動家が抱いている。しかし「管理をしない学校」も「管理でない教育」も存在しないのだ、ということを、ここで強く主張しておきたい。
 対象を「不完全なもの」として認識するからこそ「教育」という発想が出てくるのであって、「子ども」を自分(「大人」)と対等なものと本当に考えているならば「教育」などというゴーマンな発想は絶対に出てこない。「不完全なもの」(=「子ども」)を「完全なもの」(=「大人」)にするために「教育」は行われるのであり、「大人」たちの「完全」の基準から外れる部分は、その「教育」の過程で監視され、抑圧され、矯正される。これはどうごまかそうとしてもやはり「管理」でしかない。
 「教育」そのものがこのように管理であるうえに、「学校」という場はもともと国家が「よき国民」を育成するために作ったものであって、「子ども」のために作られたものではないのだから、「学校教育」は「教育」の中でもとりわけ管理性の強いものとならざるを得ない。「何を学ぶか」ということは、言い換えれば、「世の中のすべての物事のうちで、いったい何が学ぶべき価値のあるものなのか」という問題なのだが、「学校教育」においては「何を学ぶか」ということを「子ども」が決めることはできないしくみになっている。
 まず、学習のカリキュラムを決定するのは生徒ではない。文部省が大枠をつくり(「学習指導要領」や教科書<検定>)、教育委員会や各学校が、入学してくるであろう生徒たちの学力その他を予想して文部省の大枠の中で具体的なカリキュラムを決定する。「学校」では、「何を学ぶか」という教育とか学習とかの根幹のように言われていることに関してさえ、生徒は決して「学ぶ側」などという主体的なものではなく、「学ばせられる側」という非主体的な存在なのである。学習以外の生活面においては今さら言うまでもない。「自由の森学園」をはじめとする一部の「自由な私学」にしても、それは「一部」であるからこそ「はみ出した部分の受け皿」として文部省の許容範囲に入るのであって、「全部」がそのようになることはあり得ないのである。
 こうした「教育=管理」「学校教育=ますます管理」という事実を認識せず、無検討に「管理教育」という造語を多用するために、反「管理教育」運動は必然的に「管理でない教育」推進運動というあり得ない方向性を持つようになり、現実にはそれは<より巧妙な(管理のしくみの見えにくい)管理>推進運動へと迷走していくのである。
 以上あげた「生徒=―方的被害者」という誤った認識と「管理教育」という矛盾を含んだ造語が、具体的にどのような悪影響を運動に与えているかということについては、前述した、<10代の会>や<HCN>、<トーキングキッズ>あるいは北九州の集会を主催した弁護士らや、中高生の非本質的な「校則見直し」運動を賛美する大人たちの例を思い起こしていただきたい。
 もちろん彼らの運動が、最初からナンセンスであったわけではない。
 保坂展人氏が青生舎を設立し、『学校解放新聞』の発行を始めたころは、「校内暴力」が全国の中学高校を覆い、「今の子どもは異常だ、何としてでも押さえつけて一日も早く学校の秩序を回復すべきである」という論調がマスコミでも世間でも圧倒的だった。そういう状況下であれば、「いや、異常なのは子どもではなく学校の方であって、子どもたちはむしろ被害者なのだ。ムチャな校則や体罰で秩序を回復しようとする管理主義は間違っている」という主張をせざるを得なかっただろうし、またする必要があった。
 しかしもう状況は変化している。当時保坂氏が主張していたことは、今ではマスコミでもかなり一般的な論調となって定着しつつあり、保坂氏らの運動は功を奏して、むしろ社会の本流となってきたのである。このことは同時に、保坂氏らの反「管理教育」運動の主流の人々の存在価値がなくなりつつあることも意味している。一種の「社会変革」をめざして戦った人々は、その目的が達成されてしまえば、もう出る幕はないのである。
 幕を下ろさないためには、運動を新しい段階に突入させるか、これまでの運動によって作り出された新しい秩序の維持者として活躍する(新しい段階の運動を排除する)かのどちらかしかない。トーキングキッズなどというわけのわからない企画に力を入れている場合ではないのである。
 僕の主張を、反「管理教育」運動の主流を成している人々がどうとらえ、いま挙げた「二つの道」のどちらを選択するかは、彼ら自身の判断に任せるほかはない。ただぼくらは前者の道を選ぶし、後者の道を選ぶ人々に対しては断乎粉砕の態度で臨む決意である。