部落研運動の差別性に断固抗議する

『見えない銃』に収録

 福岡の部落研運動のナンセンスぶりは先に集会参加報告(「90年度高部連総会批判」)や森野との筆談(第6著書『見えない銃』に収録)の中で明らかにしたとおりだが、そういった現象はやはり偶然でてきているものではなく、彼らの運動の本質的な誤りの部分から不可避的にやってきているはずだという観点から、少し分析をしてみようと思う。
 というのも、前回の高部連総会の参加報告(「89年度高部連総会批判」)の中でぼくは部落研批判をおこなったが、それは非常に感覚的なものであったため、いま読み返すと不充分な点やピント外れの批判、ところどころには差別的な箇所まで見受けられる。そういった点を認めて改める意味でも、ここで一度、現段階でのぼくの部落研運動に対する見解を示しておく必要があると考えるからだ。
 さて本題に入ろう。
 ぼくが部落研の運動についてもっとも嫌悪感を覚えることのひとつに、ぼくのような「学校を去った人間」に対する彼らの差別感情がある。
 「学校をやめる」ということは「(悪い意味での)逃げ」だとする単純かつぼくらにとってはこの上もなく抑圧的・屈辱的な発想を、彼らは一般的に抱いている。
 彼らの集まりで、学校がイヤならやめればいいじゃないか、というような発言をすると、必ずといっていいほど「それは逃げることになる」という答えが返ってくる。(九十年)十一月三日に<10代の会>(「子ども権利条約の批准を求める10代の会)の菅源太郎を迎えて開かれた北九州市の「子供のティーチ・イン」という集会でも、ぼくと部落研の生徒との間で前述のようなやりとりがあったことを記憶している。
 差別と闘っているはずの彼らが、なぜ高校中退者や登校拒否者を不当に差別することにつながるそういったバカな発言をするのかということについて、ぼくはずっと不可解に感じていたのだが、今回の高部連総会の彼らの活動報告を聞いていて、ようやくその理由に気付いた。
 彼らの重要な運動方針の一つに、「進路保障」というものがあるのだ。
 たとえば今回の総会で配られた百ページ近いパンフの最初のほうのページに「県高部連スローガン」なるものが六つ掲げてあって、その中に「退学者問題、『非行』問題を自らのものとし、差別・選別教育を糾弾しよう」とか「親の生きざま先輩の闘いに学び、就職差別糾弾・進路保障の闘いをおしすすめよう」とかある。また、次ページの式次第の脇に「討論の柱」が四つ挙げてあり、その中には「留年・退学などをさせない取組み 進路(就職)を勝ちとる取組み」ともある。
 おそらく本来は、部落出身者であるという理由での不当な就職差別は許さない、就職困難の現実からくる貧困のため学校に行きたくても行けないという状況はよくない、ということだったのだろう。そういうことなら理解できなくもない。
 しかしここではすでにその段階を通りこして、すべての生徒を進学あるいは就職させることが大目標になり、また部落出身の生徒の側にとっても部落外の生徒と同じように進学し就職することそれ自体が闘いであるということになってしまっている。学校に行かないとか、定職につかないとかいうアウトロー的な生き方もあることはハナから無視されている。そういう生き方は、ここでは非本来的な生き方で、本来なら全員が一般的な進路を「勝ちとる」べきであるようなニュアンスに変質していくおそれがあるし、じっさいに自ら進んでアウトロー的に生きるなどというのは闘いから「逃げた」ことにされてしまう。
 部落研の運動というのは要するに、自分たちも平等に市民社会(そして学校制度)の中に受け入れてもらおうという運動だと云い換えられるような側面を持っているのだ。もちろんこれは、部落研運動がじつは近代的な市民社会・学校制度の秩序を維持・強化する非常に体制的な運動になり得るという危険性を意味している。部落研の運動は、前近代的な差別制度をなくしていく(もちろんそれはなくしていくべきなのだ)運動であって、「学校制度」を始めとする近代的な諸制度が生み出すさまざまな矛盾と闘うという方向性は持っていないのである。
 具体例として、福岡県のある市民運動のネットワーク誌に掲載された福岡県立豊津高校部落研の活動報告について触れておく。
 これまでにも何度か書いたように九州の普通科の高校では、一年中毎朝一時限分の全員強制参加「課外」授業(「補習」と呼ばれる)というのが一般的におこなわれている。大学受験対策の一環であって、成績不振の生徒の遅れを取り戻すとかいう目的のものではない。この課外授業は有料であることが多いのだが、豊津高校もそうだった。
 ところが部落出身の生徒の家庭にとって、この補習費の負担が苦しいという問題が起きてきた。
 本来どうすべきであろう。
 だいたい「全員参加の補習」などという制度そのものがナンセンスなのである。まずは受験対策という学歴社会無批判迎合の強制補習それ自体を槍玉に挙げ、断固粉砕すべきである。現に福原史朗や武田金八(当時のDPクラブの現役高校生メンバー)は周囲の圧力や孤立感を覚悟して補習参加を拒否しているし、ぼくも在学中はそうしていた。
 だがもちろん豊津高校部落研はそういった方向での運動はしなかった。
 彼らは何をしたか?
 他の生徒と一緒に補習に参加できるようにと、部落の生徒の補習費を免除しろという運動をやって、「成功」させたのである。
 なんという犯罪的な行為だろう。強制補習などというくだらないものは一人でも多く参加拒否することが望ましいのに、彼らは「補習は全員参加」という学校側の管理的方針を補完するような役割を果たしたのである。もちろん彼ら部落研の面々も、みな当然のように補習に参加しているはずである。
 部落研運動に疑問を抱く第二の点は、部落の人間を「一方的な被差別者」として認識して、彼らの云い分を絶対化してしまう点である。
 このことは、高部連総会の後にぼくらと話をした部落研の顧問の教師の言葉に端的に表れている(森野との筆談参照)。いわく「部落の者しか差別の問題を論じることはできない」、いわく「踏みつけにされる側にしか差別の苦しみは分からない」etc。いいかげんにしろって感じだ。これらの物云いはすベて部落の人間を「一方的被差別者」として認識することから発している。
 ここまで極端ではないにしろ、部落研の人に「差別」の基準は何かと問うたら、たいてい、「差別される側が差別だと感じたら差別だ」と答えてくれる。
 そんなバカな話があるものか。部落出身者だってそのへんの人と何ら変わらないんだから、マトモなやつもいればアホなやつもいるわけだ。差別されても差別だと感じない人もいるだろうし(女性差別なんて存在しないと思い込んでいるバカ女も世の中にはたくさんいる)、別に何でもないことを差別だと主張する人もいるはずだ。
 それなのにどうして相手が部落出身者であるというだけでその価値観を全面的に受け入れる必要があろうか。
 しかし部落研の運動の世界では部落の生徒の云い分は必ず聞く価値のあるものなのだ。部落出身者はきっと間違ったことを云わないのだろう。――バカバカしい。彼らの世界では<部落出身者=一方的被差別者=絶対善>なのだ。
 こうして部落研の運動にかかわった部落出身の生徒は自分の被害者意識を絶対化させ、たとえばぼくなんかが、「おまえは高校中退者であるぼくを差別する加害者だ」と云ってみてもさっぱりそのことが理解できなくなるのである。それどころか逆に怒るだろう。
 差別されているのは部落の人間だけではない。障害者や在日外国人も差別されているし、女性も差別されているし、低学歴者も差別されているし、プー太郎も差別されるし、思想的に差別される場合もあるのだ。その中でどの差別が一番苦しいということもなければ、「部落に住む在日朝鮮人で学歴もなく職もない障害をもった女性の共産主義者」がもっとも抑圧されているということもないのだ。
 誰だってある場面では差別者になり得るし、被差別者になり得るのだ。それを何か固定された関係性のようにとらえて「被差別者」に抑圧されるのはまっぴらだ。
 部落研に対する第三の疑問は、「評価すること」に対する彼らの無条件的な拒絶の態度である。
 高部連総会でぼくが集会自体を批判する発言をしたときに真っ先に返ってきた反応は、
 「それは評価だ」
 という批判である。他人を評価するのではなく自分を語れというのだ。よくよく考えると彼らがぼくに対して云っていることもぼくに対する一種の「評価」なのであるが、そのあたりは気にかからないのだろうか?
 じっさい彼らの「討論」なるものを黙って聞いていれば、ただ、自分はこれこれこーゆー経験をしてこう思いました、という報告をめいめい勝手にやっているだけで、他人の発言内容をとらえて批判したりされたりということがない。論争が起きないのだ。みんながみんな筋の通ったことを云っているわけではない。ちょっと聞いただけでも突っこみの余地はいくらでも見えるのだ。それなのに論争にならない。論争にならなくて運動が発展するなんてことはありえない。発展しないばかりか、前に挙げた豊津高校の例のように体制的な運動に後退したりする。
 彼らが「評価」を嫌う理由は何であろうか。「評価する側」と「される側」という関係性ができあがってしまうことを恐れているのだろうか。それとも「人間みな平等」であるから、「評価」によって人間を色分けしてしまうことに反感を抱くのだろうか。その辺はよく分からないので今後ともよく観察して研究することにするが、そもそも「評価すること」それ自体が悪いことである理由などない。
 ぼくが学校での教師による生徒の「評価」に反対するのはそれがいつも一方的・権力的なものだからであって、「評価」そのものに反対しているわけではない。一方的・権力的なものでなければ、どんどん互いに「評価」し合えばいいのだ。それが相互批判や自己変革につながる。
 要するに彼らは、自分が批判されたくないということを「評価はいけない」というもっともらしい口上で自己正当化しているだけではないのか?
 閉鎖的な「居場所」というものはそのようにして形成されるのである。
 彼らは、相手の意見に論評を加えないで黙って聞いてやることが「相手の気持ちを考える」ことであり「思いやり」であると勘違いしているから、「相手の気持ちを考え」「思いやり」を持つことが大切だと思い込んでいる彼らは互いに批判し合うことがない。
 誰からも否定されたり傷つけられたりすることなどなく、みんなで泣いたり笑ったりして「共に悩み」、強力な仲間意識(「信頼関係」と呼ばれている)を構築して、ついには「安心できる居場所」が形成される。
 以前どこかで書いたように、「居場所の論理」は「排除の論理」である。せっかくできあがっている居場所の雰囲気を破壊するような「異端者」の出現を彼らは許さない。「異端者」が迷い込んでくればまず彼らの流儀に従わせようとし(教育しようとし)、それが不可能と分かれば一斉に攻撃して排除する(他人を批判することを批判することだけはなぜかできるようになっている)。
 このようにしてぼくらは部落研の人々から「いわれのない(あるのかなー)差別」を受け、実質的に排除されてしまうわけである。