名探偵・外山恒一の冒険

「アナーキー・イン・ザ・U.K.」の秘密

 

 私はまったく英語ができない。
 公立の高校入試問題で7、8割の得点しかできないと思うから、たぶん中2レベルの英語力である。
 「街頭ライブ」では洋楽も100曲以上やっていたが、もちろん意味など分からないままずっと歌ってきた。レパートリーを増やす時は、元の英詞を「参考に」、歌いやすいようカタカナに書き直して練習した。そういう時、英和辞典を引いて発音を確かめるようなことはまずなかった(だから長いこと、例えばビートルズの「Here,There And Everywhere」に出てくる「deny」を「ディナイ」ではなく「デニー」と歌っていたし、S&Gの「I Am A Rock」に出てくる「poetry」も「ポウイトゥリー」ではなく「ポエトゥリー」と歌っていた)。
 獄中に、それら洋楽有名曲のいくつかの歌詞と英和辞典を差し入れてもらい、例えば「もちろん」は「オフ・コース」ではなく「オヴ・コース」であることに初めて気づいたし(これは中学生以下!)、「want」と「won't」の意味は違うんだろうくらいのことは予測していたとはいえ、発音すらまったく違うことには初めて気づいたほどの無知である(しかも「won't」が何の略であるのかすら知らなかった。「ain't」も。これも中学生以下か)。これまで、「スタンド・バイ・ミー」の「I won't cry」部分や、「雨を見たかい?」の「I won't know」部分をなんとなく勢いで「I wanna」と、意味的にはまったく逆になってしまう歌い方をしてきたことに気づき、恥ずかしさに懲役2年もやむを得ないなと反省した。
 が同時に、英和辞典を引きながら歌詞の意味など調べていくと、隣りに載っているプロの訳詞は案外信用ならないのではないかと中2レベルのくせに不遜なことを考え始めたのである。
 獄中では「そういえばあの曲は……」とふと思いついても、元の英詞を入手して確認するのは至難の業だから、ちゃんと検証してみるのは出所後の課題とあきらめ、代わりに高校生向けの英語の参考書を差し入れてもらい、文法知識など基礎力を少しでも高めておくことにした。
 で、無事出所後、いよいよ問題のアレ、ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・U.K.」をレンタルで借りてみた。
 以下、歌詞カードに載っている英詞の全文である。

Right.Now.Hahahahaha…

I am an antichrist
I am an anarchist
Don't know what I want
But I know how to get it
I wanna destroy passer-by
Cause I wanna be anarchy,no dogsbody

Anarchy for the U.K.
Is coming sometime and maybe
I give a wrong time,stop at traffic line
Your future dream is a shopping scheme
Cause I,Iwanna be anarchy
In the city

Are many ways to get what you want
I use the best,I use the rest
I use the enemy,I use the anarchy
Cause I,I wanna be anarchy
It's the only way to be

Or dead

Is this the M.P.L.A.?
Or is this the U.D.A.?
Or is this the I.R.A.?
I thought it was the U.K.
Or just another country
Another council tenancy

I wanna be anarchy
And I wanna be anarchy
You know what I mean
And I wanna be anarchist
I get pissed,destroy

 続いて同じく、歌詞カードに載っている訳詞の全文である。

いくぜ! 今だ、Hahahaha…

俺は反キリスト論者
俺はアナーキスト
欲しいものなんてないが
手に入れる方法だけは心得てる
行き交うやつらをブッ殺したいぜ
俺はアナーキストになりたいのさ、手下なんてゴメンだね

アナーキズムを英国に
きっといつかそんな時がくる
メチャクチャにするぜ、交通を遮断してやる
買い物の計画だけがお前のこれからの夢
俺はアナーキストになりたいんだ
この街で

手に入れる方法なんていくつもあるのかい
思いどおりにやってやる、くつろいでやる
敵を操ってやる、アナーキズムを振りかざしてやる
俺はアナーキストになりたいんだ
それが唯一の方法さ

さもなきゃくたばっちまうんだな

M.P.L.A.なのかい
U.D.A.なのかい
それともI.R.A.なのかい
きっと英国のことなんだろ
でなきゃ別の国さ
どっかの借り物の議会なんだ

俺はアナーキストになりたいんだ
そうさ、アナーキストに
わかるだろ
アナーキストになりたいのさ
怒りをぶちまき、ブッ壊してやる

  M.P.L.A.……アンゴラ解放人民運動
  U.D.A.……アルスター防衛協会
  I.R.A.……アイルランド共和国軍

 とまあ、こんな具合である。
 まずおかしい、というか意味不明な訳になっているのが、4番の歌詞、つまり「Is this the M.P.L.A.?」からの数行である。さすがに「アナーキー・イン・ザ・U.K.」はパンクの基本であるということで、歌詞の意味ぐらい理解しておきたいと過去に何度かこの訳詞に目を通してはいたが、そのたびに毎回引っかかっていた箇所だ。
 たしかに中学生ふうに訳すと、「これはM.P.L.A.ですか?」である。訳詞も基本的にこの中学生レベルの翻訳と大差ない。
 もちろん私は歴戦の革命家であるから、ここに並んでいる頭文字がそれなりに有名な武装ゲリラ組織の名称であることぐらいはわざわざ註をつけてもらわなくても分かる。すでに高校生の時に、クラッシュの『サンディニスタ!』というアルバム・タイトルを見て、「なるほどニカラグアだな」と思ったほどである。
 しかし何なのだ、この唐突な「M.P.L.A.なのかい」という問いかけは。聴いてる我々に向けて、「おまえはM.P.L.A.のメンバーもしくは支持者なのか?」とでも質問しているのか?
 まあよく分からないながらも、一応そういうことなのかなと納得してみよう。
 しかしそうすると、4行目の「I thought it was the U.K.」、中学生ふうに訳して「私は、それは大英帝国だと思いました」とのつながりがまったく分からなくなる。その後の、5行目「あるいは他の国(だと思いました)」も6行目「もうひとつの借り物の議会」(知らない単語「tenancy」については訳詞を参考にした)もやっぱり、意味不明だ。
 こうなると私はやはり、「この訳詞はなんか違うんじゃないの?」という疑念がムクムクと胸の内に湧き上がるのを抑えることができないのである。

 回り道をしよう。
 1番の歌詞(「I am an antichrist」から「no dogsbody」まで)の訳は、これでいいと思う。
 2番(「Anarchy for the U.K.」から「In the city」まで)も、いいだろう。
 なんかヘンじゃないか? という気がしてくるのは3番からである。
 「Are many ways to get what you want」を「手に入れる方法なんていくつもあるのかい」と訳すのはいい。問題は次。「I use the best, I use the rest」が、「思いどおりにやってやる、くつろいでやる」と訳されている。前半は、「私はthe bestを使います」である。「欲しいものを手に入れる方法」について云っているのだから、素直に訳せば「the best」は「最良の手段」ということである。「思いどおりにやる」というのは、少しヘンな気がする。が、これくらいなら「意訳ですよ」と云われれば「ああそうですか」と引き下がってもよい。
 しかし「I use the rest」を「くつろいでやる」と訳すのは完全に誤訳である。中学生の私にもそれくらいのことは分かる。
 「rest」には確かに「休み、休息」の意味がある。しかしもうひとつ、「残り」という意味もある。特に、「rest」の前に「the」がついたらほぼ間違いなく「残り」の意味である。何度も云うように私は中学生である。つまりこの誤訳は中学生レベルの誤訳なのである。「プロの訳詞」というのは、私の当初の予想をはるかに超えて信用ならないものであるということを、この箇所を検証することによって確信した。絶対、4番の訳もデタラメであるに違いない。
 ちなみに「I use the rest」の正しい訳は、「私は最後の手段を使います」だと思う。ここは「欲しいものを手に入れる方法」について云っているのだから、「最良の方法」と並べて、「(いろいろあるうち)残った方法」を使うというのは意訳すればつまり最後の手段を使うということである。「(私が使うのは)最良の方法ですし、最後の手段でもあります」という意味である。
 「I use the enemy, I use the anarchy」を「敵を操ってやる、アナーキズムを振りかざしてやる」というのは、まあ誤訳とまでは云えないかもしれない。前の文脈を踏まえれば、「I use the enemy」は「私のやり方は敵を利用するという方法でもありますし」だから「敵を操ってやる」でもいいかもしれない。「I use the anarchy」を「アナーキズムを振りかざしてやる」と訳すのはちょっといただけない気もする。ここは「私はアナーキズム(という思想)を使います」という意味ではないだろう。「アナーキーな方法を使います」、つまり「ムチャクチャやるってことでもありますよ」ということだろう。
 こういうふうに3番を「正しく」訳せば、実は4番の歌詞の謎はキレーに解決するのである。

 さてみなさん、では大団円といきましょう。
 「Is this the M.P.L.A.?」、「これはM.P.L.A.ですか?」。
 まず考えるべきは、「これ」って何を指してるんだ? ということである。
 5分ぐらい(中学生だから)考えると、もしかして3番の歌詞全体のことを指してるんじゃないかということに思い当たる。
 つまり「私は欲しいものを手に入れるためにベストの方法を使いますが、それは最後の手段でもありますし、敵を利用する陰謀をめぐらせるということでもありますし、とりあえずムチャクチャやるってことでもありますよ」という立場、発想について、「これじゃまるでM.P.L.A.みたいですか?」と訊いてきているのではないか? 「それともU.D.A.みたいですか? あるいはI.R.A.みたいに見えますか?」と。どれも一般市民の理解を越えた「凶悪なテロ集団」なのだから。
 そこへ、「I thought it was the U.K.」である。「私は大英帝国だと思いました」。
 つまり、「こんなこと(3番の歌詞みたいなこと)を云うと凶悪なテロ集団みたいに思われるかもしれませんが、私としてはむしろ大英帝国つまり政府のやり口をマネしてるつもりなんですけどね」の意味である。「きっと英国のことなんだろ」では意味不明である。「Or just another country」、「まあ他の国ということにしといてもいいですけど(政府なんてのはどこも似たようなもんでしょうし)」となる。
 そしてさらに「Another council tenancy」。これを「どっかの借り物の議会なんだ」と訳すのは、意訳ではなく完全な誤訳である。先述の「the rest」同様、中学生にも(英和辞典さえ引けば)気づける程度の間違いである。
 「Another」、「もうひとつの」。「council」、「議会」。ここはいい。「もうひとつの」を「どっかの」と訳すのも、ヘンだが意訳の範囲だろう。問題は「tenancy」である。英和辞典には、「借用」の意味が最初に出てくる。「テナント」と同じ語根である。しかし、その後に「任期」という意味もあることが説明されている。であれば「council tenancy」は「議会の任期」に決まっているではないか。「借り物の議会」とはまたanarchyな訳をしたものである。
 では「Another council tenancy」、「もうひとつの議会の任期」とは何か?
 ここが今回の推理物語の佳境である。語学力ではどうにもならない。もはや頼るべきは私の探偵としての「本質直観」力のみである。
 私はアナキストでありファシストであるから、すぐにピンときた。
 つまり「私はもうひとつの議会の任期を務めているのです」、スマートに訳せば「おれはもうひとつの政府をやってんだよ!」とジョニー・ロットンは宣言しているのである。もちろん直前の、「私としては政府のやり口をマネしてるつもりなんですけどね」とピッタリ符合する。
 謎はすべて解かれた。名探偵に拍手を。白い犬とワルツを。
 あと、致命的なミスではないが、最後の「I get pissed,destroy」を「怒りをぶちまき、ブッ壊してやる」と訳すのもいかがなものかと思う。「I get pissed,(and I) destroy」だから、後半はこれでいい。しかし前半「I get pissed」は受動態である。英和辞典を引くと「piss」は「小便をする」の意味で卑語であると書いてある。すると受動態だからここでは「私は小便をされます」である。小便を「ぶちまける」のではなく「ぶちまけられる」のである。意訳すれば「私は汚物にまみれてでも以上のことをやりぬく決意です」だろう。

 これで「アナーキー・イン・ザ・U.K.」は正しく訳すことが可能となった。
 しかし私はそれだけでは物足りず、意訳ついでにこれを日本人向けに改変してしまおうと考えた。そうすれば、単にこの素晴らしい歌詞を正しく理解するにとどまらず、こんな曲がヒットチャートの上位に食い込むということの衝撃を、よりストレートに実感できると思うからである。
 例えば欧米のキリスト教圏で開口一番、「I am an antichrist」なんて宣言しちゃうのはかなり大変なことである。日本で「私は特定の宗教を持っておりません」とか云うのとは大違いなのである。しかも単に無神論者だというだけでも結構な問題発言なのに、「アンチ・キリスト」とまで云っている。もはや悪魔の所業である。日本に置き換えれば、「私は麻原尊師に帰依しています」とのっけから絶叫しているようなものである。
 私はこのニュアンスをちゃんと出したいと考えた。
 そして例の、M.P.L.A.(アンゴラ解放人民運動)、U.D.A.(アルスター防衛協会)、I.R.A.(アイルランド共和国軍)である。I.R.A.以外は、あまり日本ではなじみがない名前である。最初これを、「赤軍派」とか「中核派」とか、あるいは「オウム」とかに変えてしまおうかとも思ったが、別に具体的な組織名が重要なわけではない。挙げられている3つの組織も、掲げている主張の方向性はバラバラである。U.D.A.とI.R.A.に至っては、一方は北アイルランド独立反対派、一方は推進派で、対立して殺し合ってるほどである。だからといってこれを「中核派と革マル派」に置き換えてもあまり意味はなかろう。そもそも日本には現在、イギリスにおけるI.R.A.ほどの存在感を持った武装勢力はいない。というわけでここは、組織名にこだわらず一般化・抽象化することにした。
 そんなこんなで、以下、私が訳した「Anarchy in the U.K.」、「日本をメチャメチャに」である。

おれはアナーキストでオウムが大好き
欲しいものなど特にないが
その気になれば何でも手に入る
そのへんの奴らをブチ殺してやりたい
もっとメチャメチャになればいいのに
誰かにシッポをふって生きるのはゴメンだ

ニッポンをメチャメチャに!
きっといずれそうなる
ろくでもない時代を作ってやる
交通もマヒさせる
おまえらの頭の中は
ショッピングの計画でいっぱいだろうが
おれはこの街をメチャメチャにしてやりたいんだ

欲しいものを手に入れる方法なんて
いくらでもあるというのか?
だがおれの方法がベストだ
これは最後の手段であり
敵も利用する無茶なやり方だ
おれは何もかもメチャメチャにしてやりたいんだから
これが唯一の方法だ
ダメなら死ぬまでだ

これじゃ極左テロ集団?
それとも極右?
それともカルト教団?
おれはむしろ日本政府のやり方をマネしてるつもりだ
まあどこの国の政府も似たようなもんだけど
おれはもうひとつの政府をやってんだ

すべてをメチャメチャにしてやりたい
とにかくメチャメチャに
言ってること分かるだろう?
おれはアナーキストでありたいんだ
汚物にまみれながら、ブチ壊してやる

 蛇足ながら、同時期のパンク・ロックの他の有名曲についても少し。
 例えばストラングラーズの「No More Heroes」の歌詞カードである。
 この出だし、「Whatever happened to Leon Trotsky? He got an ice pick. That made his ears burn.」を、プロ氏は「レオン・トロツキーに何が起こったんだ かれは自分の耳をほてらしてアイスピックを持っていた」などと訳している。これが完全な誤訳であることは、健全な常識人であれば誰だってすぐに気がつくだろう。
 「He got an ice pick」、中学生なら「彼はアイスピックを手に入れました」と訳すかもしれない。しかし我々は大人である。大人なら歴史に関する一般常識として、トロツキーがアイスピック(正確にはピッケルだが)を頭部に突き立てられて暗殺されたことぐらい知っているはずである。だから耳のあたりが「ほてって」いるのである。教科書には載っていなくても、例えばやはり載っていない、「坂本龍馬暗殺の際、一緒に中岡慎太郎も殺されました」というのと同程度の有名なエピソードである。その程度のことも知らない、単に多少は英語わかります、みたいな非常識人が訳すから、「彼はアイスピック(の一撃)を食らいました」という正しい訳詞が書けない。
 あるいはクラッシュの「White Riot」である。これを「白い暴動」と訳すのは、間違いではない。しかしその意味するところは「白人暴動」である。
 こんなことは、5秒考えれば分かることである。そう思って実際に歌詞を見ると、案の定、「黒人は何かあればすぐ投石するのに、我々白人は臆病なチキン野郎ばかりだ」なんてことがいきなり書いてある。
 それをなぜわざわざ「白い暴動」などという直訳に「戻す」のか?
 最初にこの邦題をインプットされると、なんだか抽象的かつ精神的、あるいは象徴的な「暴動」をイメージして、それっきりになってしまう。私自身、なんとなく邦題をそのまま受け入れて、たった5秒考えてみるということをしなかったために、こんな簡単なことに最近まで(15年間ほど!)気がつかなかった。
 たぶんこういう例は無数にあるはずだ。
 英米のロックの影響を強く受けているはずの日本のロックが、こんなにもくだらないのは、ひとつにはこうしたデタラメな訳詞しか歌詞カードに載っていないからではないのか?
 というわけで私は、正しいロック文化を日本に再輸入するために、中学生レベルの英語力を駆使して、今後自分で一所懸命、少しずつ有名曲を翻訳し、発表していこうと思うのである。

 後記.エラそーなことを書いてしまったが、私の訳詞に対して、英語の達者な知人が一つだけ誤りを指摘してくれた。ラスト一行、「I get pissed」の部分である。これを私は素直に受動態ととったわけだが、知人によれば「get pissed」は「酔っぱらう」という意味の俗語表現だとのことである。つまりまあ、「酔った勢いでムチャクチャやってやる」とでも訳すべきで、東京の「貧乏人大反乱集団」(後の「素人の乱」の松本哉が2000年頃に主宰していたグループ)みたいなことを云っていたのである。さすが中学生、最後の最後でボロが出てしまった。背伸びしたい盛りということで、大目に見てほしい。もっとも元の訳詞もやっぱり間違っていたわけではあるが。