脚本 『アリババが40人の盗賊』3

 (暗闇の中、「シェーラザード」が流れる)
 (音楽やみ、舞台奥に川上が登場)

川上 (小声で)シーッ。お客さん、もう大丈夫です。
   (川上はずっと舞台奥にとどまり、上半身裸であちこちに傷跡。
    しばらく客から背中を見られないように注意して動く)。
   ぼくは役者です。奴らに気づかれないように、静かに、静かに。
 (ソデの方へ)谷やん、こっちこっち。

 (ソデから、手にロープの切れ端がくっついたままの谷口、登場)

谷口 川上、おまえどうして無事なんだ?
川上 話せば長くなります。
谷口 じゃあ……。
川上 じゃあ(は谷口のセリフと重なる)話すなというお約束のかけあいはナシで、自慢させてください。
 フェリーの上で、お客さんの中に、ぼくの理想を絵にかいてワックスで磨いて美術館に飾ったような
 美しい女性を発見した私は、ある種尿意にも似たいわく言いがたい感覚を生じ、
 この問題を抜本的かつ速やかに、また秘密裏に解決すべく、急ぎトイレへ駆け込んだのです。
谷口 一発ヌこうとしたんだな。
川上 まさに抜本的解決。
谷口 本番前に何やってんだ。
川上 本番前だからこそ緊張していたのです。
 トイレに駆け込む途中、なんだか怪しげな、特殊部隊みたいな男たちが何人か、
 物陰から我々の出し物を監視しているような様子に気づき、ちょっとイヤな予感もしましたが、
 ぼくは目下喫緊の問題を抱えておりましたので、
 やむなくその場は見て見ぬふりしてやり過ごしたのです。
谷口 あちらさんはおまえを見とがめなかったのか?
川上 奴らの一人が何か云いかけようとして、やめたように見えました。
 ことこの問題の処理にあたらんとしている時のぼくには、気迫がみなぎっておりますから。
谷口 それで?
川上 ここからが自慢です。
 ものの数分で懸案をスピード処理したぼくは、もはや何の迷いもない澄み切った心もちで、
 ふたたびみなさんのいるデッキへ戻らんとしたのですが、トイレのドアが開かないのです。
 中から延々ドアを叩き続け、気づいた人が開けてくれた時には、
 なんと船は鹿児島市側へ引き返そうとしていました。
 ドアノブにチェーンが巻きつけてあり、誰かが意図的にぼくを閉じ込めたように思われました。
 その時ふと、さっき見かけた怪しげな男たちのことを思い出したのです。
谷口 遅いよ。
川上 何か大変な事態が生じているのではないか。そう思うといてもたってもいられず、
 幸い船は桜島側を出て間がなく、まだ堤防の内側でもあったため、
 私は乗務員の制止を振り切って、海に飛び込んだのです。
谷口 おおっ。
川上 上陸するとすぐさまタクシーを拾い……。
谷口 よく乗せてくれたな。
川上 設定に無理があるのは脚本家も承知の上なので、深く詮索しないでください。
 予定の会場へ向かう途中、道端に誰か倒れているのに気づきました。
 タクシーを止めてもらい、降りて近づくと、役者の三反田でした。すでに息絶えていました。
 (もともとこのくだりは、「役者の三反田」ではなく「スタッフの畠野」だったが、
 なんと三反田が本番2週間前に交通事故に遭って全治2ヶ月の重傷を負ったため、
 急遽、畠野が代役で舞台に立つことになったという裏事情がある。)
 私はいよいよ何か大変な事態が生じていると確信し、
 再びタクシーに乗り込んで急いで走ってもらいました。
 するとまもなく前方にみなさんを乗せたバスが見えてきました。
 そっと尾行してもらい、ここへ到着すると、奴らに気づかれないよう……。
谷口 ちょっと待て。倒れてた三反田はどうしたんだ?
川上 あ。
谷口 ……。続けろ。
川上 奴らの背後を回ってセットによじのぼり、足場の上を匍匐前進で這いずり回りながら、
 様子をうかがっていました。スキを見て奴らの一人に足場の上から飛びかかり、
 格闘の末、男の武器を奪い取ったのです。気絶した男は、物陰に放っておきました。
谷口 『ダイ・ハード』なみの大活劇だな。
川上 セットの上から、谷やんや他の役者たちが岩陰で拘束されている様子が見えていたので、
 さっそく駆けつけ、また見張りの男と格闘の末、みなさんを解放したのです。
 どうです、谷やん。これで予定どおり芝居ができますよ。
谷口 聞いていると確かに驚嘆すべき奮戦ぶりだが、どっか優先順位を間違ってないか?
川上 何云ってるんですか。
 ぼくたちは今日、ここで芝居をやる。これ以外に優先すべきことがありますか。
谷口 川上! おまえがそこまでこの公演に情熱を傾けていたとは!
 たいした役も与えていないのに……(泣く)よく云った!
 よし。野外にアクシデントはつきものだ。奴らの目的が何なのか知らんが、
 何としてでも奴らを撃退して、(客席を指さし)こいつらにおれの芝居を見せてやるぞ。
 ところで武器を奪ったと云ってたな。それはどこにある?

 (ベートーベン「第九」のサビが大音量で流れる)
 (川上、ニヤリと笑って初めて客席に背中を見せる。ガムテープで拳銃が貼りつけてある。
 (『ダイハード』のクライマックス・シーンのパロディである)

谷口 映画の見過ぎだよ!
川上 それが役に立ちました。
秋山 役に立たないよ。

 (秋山、配下の近藤と共に川上のそばのセットの陰から現れ、川上にライフルを突きつける)
 (川上、ホールド・アップ)

秋山 武器を奪え。

 (近藤が川上の背中のガムテープを勢いよく剥がす)

秋山 我々としたことが、こんな役者ふぜいにまんまとしてやられた。だが結果は変わらん。
 おまえらが今夜、芝居をやることはできない。これからおまえらを一人一人、銃殺する。
谷口 おまえらの目的は何だ? テロリストがなぜ、こんな芝居なんかを標的にする?
 おまえらの思想がどういうものだかは分からんが、
 政治家やマスコミ、大企業を標的にするならともかく、こんなさして話題にもなっていない、
 演劇公演を標的にしたテロなんて聞いたこともない。意味が分からん。
秋山 (近藤に)おい聞いたか? こいつは、自分たちの芝居よりも、政治家や大企業の方が、
 この世界にとって重要だと思っているみたいだぞ。
近藤 私にもそう聞こえました。
秋山 おまえが主宰の谷口、通称・谷やんだな。
 我々は、このくだらない世界を根本から変革するためには、例えばブッシュや小泉を殺るよりも、
 おまえらの芝居を潰すことの方が重要だと考えている。どうだ。この一点をとっても、
 おまえより我々の方が、芝居というものの重要性を認めていることが明らかだとは思わないかね?
谷口 たしかに今のは失言だった。今この国でおこなわれているあらゆる試みの中で、
 最も重要なものがおれの芝居だ。少なくともそう思えないようでは、芝居なんか作れない。
 君たちがおれの芝居をテロの標的に選んだことは、全面的に正しい。
秋山 強がりはよせ。失言の中にこそ本心が露呈するのだ。
 それにさっき私が言ったことは、いわばただの論理の遊びだ。
 我々は、おまえの芝居が重要なものだとはこれっぽっちも考えていない。
 いや、そう気を悪くする必要はない。
 我々は、おまえの芝居だけがとくにくだらないと言っているのではない。
 芝居そのものがくだらないのだ。いや、芝居にかぎった話じゃない。芸術はすべてくだらない。
 少なくとも現在、あらゆる芸術は、本当に重要なことから目をそらすための、
 息抜き、ガス抜きの役をしか果たしていない。
 とくに、おまえの芝居のような、前衛をきどった芸術はそうだ。おまえらのような者がいるかぎり、
 そしてそれを支える(客席を指して)こいつらのような者がいるかぎり、
 人々は、本当に重要な問題に向き合うことを始めない。
 我々は、芸術こそが現在、革命の最大の障害であると考えている。
谷口 言わんとするところはなんとなく分からないでもないが、
 おれはあんたの言うようなことも視野に入れた上で、
 あるいはあんたの指摘する芸術の限界なり反革命性なりを、
 なんとか突破したいという志向を持ちながら、芝居を作っているんだ。
秋山 そんなことは不可能なんだよ。とくに戦時下においてはな。
 芸術が意味を持ち得るとすれば、それは平時においてしかない。
 その最大の目的は、戦争の勃発を食い止めることだ。
 だがもう戦争は始まってしまった。おまえらは負けたんだ。いさぎよく歴史の舞台から退場しろ。
川上 あんたの言ってること、よく分からないよ。芸術の目的? そんなこと考えたこともない。
 ぼくはただ、好きで芝居をやってるんだ。
近藤 こいつ、バカですよ。
秋山 あっはっは。青年。バカを自慢するのは恥ずかしいよ。
 好きでやってるだって? じゃあ我々も、好きで芝居を潰していることにしてやろうか?
 ならば君は我々に文句のつけようがなくなりはしないかね?
 いいか青年。物事には目的があるんだ。
 かつて芸術には目的があった。君たちとくに若いものは、それを知らないんだ。
 物心ついた時には、目的を見失った芸術ばかりが、身の回りに溢れていたんだからな。
 君はつまり歴史から切り離されて生きているんだ。
 目的こそは意味の源。目的のないところには、当然、意味なんか生まれようがないんだよ。
 つまり、君たちの芝居は無意味なんだ。
川上 ぼくたちの芝居を見もしないで、どうしてそんなことが言えるんだ。
秋山 見なくても分かる。つまらないものは、わざわざ見るまでもなく、つまらないと分かるんだよ。
 我々のように経験を積めばな。
谷口 それは分かる。
川上 たしかに谷やんは、ろくろく見もしないで、
 「鹿児島の演劇シーンはくだらない」なんていつも云ってます。
秋山 そういうことだ。
川上 でも、ぼくたちがどんなに苦労して今回の芝居を作り上げてきたか……。
近藤 (突然歌う)苦労すれば報われる、そんな言葉はカラッポだ(ブルーハーツの「スクラップ」)。
秋山 お、元パンクロッカーの地が出たね。
近藤 お恥ずかしい。昔の話ですよ。今はロックなんかに何の幻想も抱いていません。
秋山 うむ。さすがは我が同志だ。
川上 わけわかんないこと言ってないで、ぼくの話を聞け!

     以下、「人力プロジェクトX」

 (川上が「ぼくの話を聞け!」と云い終わると、照明消え、
 インスト版「ヘッドライト・テールライト」のイントロがほどほどの音量で流れ始める)
 (カウンターを模した台、川上が座る止まり木、あるいはさらに「たにやん」の暖簾など、
 簡単なセットをこのイントロ部分せいぜい10数秒の間に黒子が運び込む)
 (音響のオペ室あたりにスポットあたり、マイクを持った外山がいる)
 (以下、ナレーションは録音ではなく、外山がナマで、田口トモロヲのモノマネでおこなう)

ナレーション エーックス!

 (舞台の照明がつく)
 (と同時に、客席の目の前いっぱいに、白地に黒もしくは灰色で「X」と大書した、
 巨大な緞帳のようなものが落ちてくる)
 (と同時に照明また消える)

ナレ 鹿児島市天文館・文化通り。

 (と云い終わると同時に緞帳そのものが地面に落ちる)
 (この一瞬の闇に乗じて、落とした緞帳を黒子がソデへ持ち去る)

ナレ 居酒屋たにやんの常連客の中に、何人かの演劇青年が、いた。

 (と云い終わると、川上にスポットライト)
 (川上は、楽しく飲んでいる表情で、ポーズ)

ナレ その一人、川上昇時。当時、地元の劇団・ロケの中心メンバー。
 川上、たにやんで飲むたび、大将・谷口和成に、なじられた。

 (と云い終わると、川上のスポット消え、入れ替わりに谷口にスポット)
 (谷口は、ふんぞりかえって川上に説教している様子のポーズ)

ナレ 「おまえらの芝居は、つまらない。だいたい鹿児島には、ろくな芝居がない」。

 (と云い終わると、谷口のスポット消え、入れ替わりに川上にスポット)
 (川上、憮然とした表情でポーズ)

ナレ 川上、ムッとした。酔った勢いで、云った。

 (で川上、谷口に食ってかかっているようなポーズへ移行)

ナレ 「そんなことを云うんなら、たにやんが、面白い芝居ってやつを、やってみせてくださいよ」。

 (照明消える。照明消えたままで)

ナレ 谷口は13年前まで、別の土地で劇団を主宰していた。

 (と云い終わると谷口にスポット)
 (谷口は、腕組みをしてうつむき加減、悩んでいるような表情でポーズ)

ナレ 谷口、一瞬の沈黙の後、云った。

 (と云い終わると、川上の顔のあたりに指を突き出して熱く語っているポーズへ移行)

ナレ わかった。おれが、本当の芝居ってやつを、見せてやる。
 おれが演出だ。おまえは、役者を集めろ。稽古は厳しいぞ。音をあげるなよ。

 (スポット消え、真っ暗に)

ナレ これは、あらゆる文化が火山灰に覆われてしまった鹿児島の地に、

 (ふたたび全体的に淡い照明)
 (谷口と川上は、互いににらみ合うような表情でポーズ)
 (頭上から、谷口と川上を除く劇団員のモノクロの巨大な集合写真がゆっくりと降りてくる)

ナレ 本物の芝居を創り上げることを誓った熱い若者たちと、一人のオッサンの、情熱の、物語である。

 (照明消え、「ヘッドライト・テールライト」が止まり、
 間髪を入れず、「地上の星」のイントロが大音量で流れ始める)
 (イントロの間に集合写真を撤去)
 (「風の中の昴cc」と歌い出すと同時に照明)
 (谷口と川上は客席に背を向けて仁王立ち)
 (間をおかず、右ソデから、「文化果つるところ 鹿児島」の横断幕を持った黒子が走り込んでくる)
 (横断幕が全部見える状態で数秒立ち止まった上で、左ソデへまた走って退場)
 (横断幕退場しきると、舞台左端に「若者たちの夢」の垂れ幕が落ちてくる。「夢」は赤文字)
 (同時に、左ソデから「本物の芝居を感じたい」の横断幕を持った黒子がゆっくりと歩いて登場し、
 立ち止まらず、舞台を横切って左ソデに退場していく。「本物」も赤文字)
 (横断幕が退場しきると、垂れ幕も地面に落ちる)
 (入れ替わりに、舞台左ソデから「13年間の沈黙」の超タテ長のプラカードを持った黒子が、
 右ソデから同様の「元・演劇青年」のプラカードを持った黒子がそれぞれ登場し、
 交差する形でゆっくりと舞台を横切る)
 (左から登場した黒子は舞台右端で立ち止まり、右から登場した黒子は左端で立ち止まる)
 (「元・演劇青年」のプラカードはゆっくりと可能な限り高く掲げられ、
 「13年間の沈黙」のプラカードは逆にゆっくりと下辺を地面スレスレにまで下げながら裏返され、
 裏面の「が起ち上がった」の文字が現れる)
 (「元・演劇青年」はそのまま左ソデへ、「が起ち上がった」は右ソデへ退場)
 (入れ替わりに、裏返しで無地のプラカードを低い位置に持った黒子が左ソデから登場)
 (ゆっくり反転させながら、背を向けて仁王立ちした谷口のすぐヨコまで平行移動させて立ち止まる)
 (立ち止まった時点で無地だったプラカードは完全に反転させられ、「54歳」の文字が現れる)
 (同時に谷口が上着を脱ぐと、背面に「まだ反抗期」と大書されたTシャツがあらわになる)
 (「54歳」のプラカードはもと来た左ソデへ再び無地の側に反転させられながらゆっくり退場)
 (同時に谷口と川上は互いに向かい合う形になりながら舞台両サイドに離れていく)
 (左ソデからは「稽古地獄」、右ソデからは「苛酷を極める」の横断幕を持った黒子がゆっくりと登場)
 (中央でスレ違い、左右入れ替わって、「苛酷を極める稽古地獄」の文字列となったところで停止)
 (このスレ違いの間に谷口と川上もスローモーションでポーズを変え、
 谷口が怒った顔で川上にモノを投げつける姿勢、川上がそれを避けようと逃げ腰になっている姿勢に)
 (さらに同時に、舞台奥のセットの陰から、
 先端にくくりつけた棒を持った黒子が登場、谷口・川上間の宙空に灰皿部分を掲げる)
 (灰皿にはモビール状に、シケモクが空中で散乱しつつある形で針金か何かで固定されている)
 (「苛酷を極める」は左ソデへ、「稽古地獄」は右ソデへ、灰皿もまたセットの陰へ、すばやく退場)
 (入れ替わりに、舞台右端に、「わが胸の燃ゆる思ひにくらぶれば」の垂れ幕。燃ゆる」は赤文字)
 (谷口と川上は、今度は客席に向かって仁王立ちの姿勢にスローモーションで移行、
 拳を突き上げるかガッツポーズ、あるいは夕陽か何かに向かって叫んでいるようなポーズでストップ)
 (「わが胸の〜」の垂れ幕は、落ちるや否やそのまま舞台左端まで平行移動、左端で止まる)
 (と同時に、舞台右端に今度は「煙りは薄し桜島山」の垂れ幕が落ちてくる。「桜島山」も赤文字)
 (「地上の星」が間奏に入る寸前で垂れ幕は二つとも地面に落ちる)
 (入れ替わりにゆっくりと、頭上から今度は横書き2行で、
 「運命の舞台が 幕を開ける」「〜劇団あたまごなしの挑戦〜」の横断幕がゆっくり降りてくる)
 (これまでの文字列は明朝体や楷書体の類で、せいぜい斜体化や縦横比変形をほどこした程度だが、
 この「運命の〜」はちゃんとレタリングをほどこした青文字、「劇団あたま〜」はゴシック体と、
 「プロジェクトX」のメインタイトル・サブタイトルの提示にふさわしい書体)
 (降下は腰くらいの位置で止まる)
 (「地上の星」、フェイドアウト)

 (以上がもともと考えていたものだが、さらに「本番2週間前の事故」「全治二ヶ月」「出演不能」、
 のセットもなんらかの形で挿入したい)

     「人力プロジェクトX」、終わり。

近藤 くだらない! くだらないにもほどがある! 
 こんなくだらないことのために、おまえらは貴重な時間と労力を……許せん! 
 今すぐ射殺してやる。二人とも後ろを向いて壁に手をつけ!
秋山 あっはっは。まあまあ近藤、そう興奮するな。なかなか面白いじゃないか。
 私はこういうくだらないものは結構好きだよ。
近藤 秋山さん!
秋山 もちろん好き嫌いよりも善悪が優先する。こいつらが革命の敵であることに変わりはない。
 だが気に入った。昔の私を見るようだ。
川上 あんたみたいな人間にこの面白さが分かるのか?
秋山 人には歴史があるんだよ。私はこれでも元前衛芸術家だ。いや、今でもそうだ。
川上 でもさっき、前衛芸術が一番悪いみたいなこと言ってたじゃないか。
秋山 私はね、青年。前衛芸術の可能性を追求したその果てに、
 前衛芸術を徹底的に弾圧するという、究極の前衛芸術を見いだしたのだ。
 こんな論理のアクロバットは、君にはまだ理解できないだろうがね。
谷口 じゃあ芝居をやらせてくれるんだな?
秋山 それはまた別の話だ。今夜、ここで芝居はできない。
 (舞台裏に向けて)おい、全員ここに連れてこい。

 (銃を持った美里に追い立てられるように、他の5人の役者が現れる)
 (全員、ターバンを巻いたアラビアふうの衣装)
 (だがきちんと「アリババ」として成立しているのはうち2人)
 (1人はちょっと間違った「アリババ」、さらに1人はかなり間違った「アリババ」、
 残り1人はほとんど「アリババ」ではない。ダウンタウンのネタ「ゴレンジャイ」など参照)

里美 ふざけた奴らです。全員アリババ役だそうです。
近藤 「アリババが四十人の盗賊」だからな。
秋山 おい谷口。おまえは「アリババと四十人の盗賊」の内容を知らんのだろう。
谷口 (ギクッとして)な、なんでだ?
秋山 アリババって、盗賊団の頭かなんかだと思ってないか?
谷口 違うのか? (川上に)違うの?
里美 違います。アリババは貧しい商人です。
 たまたま盗賊団の財宝の隠し場所を知ってしまい、盗賊たちにつけ狙われるんです。
 財宝のある洞窟の扉を開ける呪文が……。
劇団側全員 開けゴマ!
秋山 そこしか知らんのだな。
川上 (囁くように谷口に)谷やんの責任じゃないですよ。脚本書いたのは外山さんなんだから。
谷口 あいつ教養をひけらかす割には、意外とモノ知らないんじゃないか?
川上 ぼくも前々から怪しいと思ってました。
近藤 元ネタもきちんと調べないで、一体どんな脚本を書いたんだ。

 (「シェーラザード」、流れはじめる)

谷口 (里美を催眠術にかけるように)気になるだろう。
里美 すごく気になります。
谷口 じゃあ予定どおり芝居を……。
秋山 (谷口のセリフに重ねて)芝居はやらせない。

 (「シェーラザード」、中途半端に止まる)。

秋山 (近藤と里美に)気持ちは分かるが、ここは我慢しろ。
 どうせ思いつき、勢いまかせのくだらん芝居だ。予定どおり、今すぐ全員を処刑する\\、
 と云いたいところだが、前衛精神あふれるさきほどのくだらない出し物に、
 私も多少は心を動かさなかったわけでもない。一つだけチャンスを与えよう。
 今から君たち一人一人に対して尋問をおこなう。
 我々はこの戦時下において、演劇など百害あって一利なしだとみなしている。
 だから君たちのような存在を許しておくわけにはいかない。
 我々は、我々の正しさに確信を持っている。
 しかし、自らが決して間違いを犯さない絶対的な正義の執行者であると思い込むほど、
 我々は傲慢ではない。我々は基本的には正しいが、間違いも稀には犯し得る。
 だから我々は一度だけ君たちに問おう。この戦時下に、なぜ芝居なのか?
 君たちの答えが、万が一我々を説得できれば、我々は撤退しよう。
川上 説得できなかったら……?
近藤・里美 処刑!
秋山 そうだ。
川上 そんな……。なんで芝居をやるのかなんて、深く考えたことも……。
近藤 (川上に銃をつきつけて、秋山に)処刑します。
川上 考えたことも一度や二度ではない。
秋山 どうせ処刑することになりそうだ。放っておけ。
 \\では一人一人、尋問を開始する。まずは谷口、おまえからだ。
 他の者は呼び出しがあるまでこの場で待機。

 (秋山・近藤・里美、谷口を連行して退場)

近藤 (退場しながら残る役者たちに)せいぜい悪あがきの相談をやってみるんだな。

 (舞台上には残された役者6人)
 (以下、劇団側の5人の役名は、実際の役者名と一致している)

川上 いったいどうなってんだよ。
中野 どうなってんのかは明らかだろう。問題は、一体これからどうなるのかってことだ。
前川 お芝居できないの?
中野 ちょっと無理っぽいね。
前川 あんなに頑張ってセリフ覚えたのに。
田中 頑張ったからそれが何だ、みたいなこと云ってたけどな、あの手下みたいなの。
前川 ひどいよ。
早水 そんなことより……。
田中 なぜ演劇か!
中野 それそれ。これから一人一人訊かれるんだぜ。
川上 そんなこと考えたことねーよ。
田中 即、射殺だ。
川上 マジかよ。
田中 さっき射殺されかけてたじゃん。
川上 中野、おまえはいいよな。そういうの得意だろ。
中野 芝居とは多重的なコミュニケーションの実験です。
 まず脚本家の頭の中でおこなわれる、複数の登場人物を使ったコミュニケーションの実験。
 次に、劇団という現実の集団の内部でのさまざまなコミュニケーション。
 そして、芝居がまさに上演される本番における、生身の劇団と生身の観客とのコミュニケーション。
 一つの芝居を作るということは、こうした多重的なコミュニケーションの実験なのです。
川上 すっげー。
前川 なんでそんなスラスラ出てくるの?
田中 知らないの? 中野は文学部で演劇論専攻してたんだぜ。
川上 ちょっと今の紙に書いてよ。なんとか速攻で覚えるから。
早水 芝居とは多重的なコミュニケーションの実験です。
 まず脚本家の頭の中でおこなわれる、複数の登場人物を使ったコミュニケーションの実験。
 次に、劇団という現実の集団の内部でのさまざまなコミュニケーション。
 そして、芝居がまさに上演される本番における、生身の劇団と生身の観客とのコミュニケーション。
 一つの芝居を作るということは、こうした多重的なコミュニケーションの実験なのです。
川上 なんだコイツ。
中野 (改まって)ご存じない? 一度見た舞台はそのセリフから役者のこまかな演技まで丸暗記。
 シナリオは一度か二度で完璧に覚え込むそうです。

 (このくだりは、演劇関係者の半分は愛読している少女マンガ『ガラスの仮面』のパロディである)

田中 とあるオーディションでは、高度な演技力を発揮。
 課題の一つ一つがすべて一本の芝居を見るようだったとか……。
前川 「はい」と「いいえ」、「ありがとう」、「ポテトはいかがですか」。
 与えられたわずか4つのセリフで2時間以上アドリブを続けたことも……。
畠野 全日本演劇コンクールでは、他の役者が事故で出場できなくなったにもかかわらず、
 たった一人で出演、何十人ものロシア人マフィアを完璧に演じ分け、
 見事に舞台をやりとげただけでなく、一般投票で第一位という観客の支持を得ています。
川上 そんな……。
前川 おそろしい子!

 (全員がポーズを決める)
 (同時にTVドラマ版『ガラスの仮面』の主題歌であるB'zの「Calling」が大音量で流れる)
 (舞台袖から月影先生みたいなのが現れ、オホホホホ……と哄笑)

田中 などと遊んでいる場合ではないだろう。
全員 ウッス。

 (「Calling」、止まる)

川上 畠野、おまえはなんで芝居なんかやってるんだよ。
畠野 決まってるじゃないか。天皇制を打倒するためだ。

 (全員、引いてコソコソ話)

前川 あの人、突然何云ってんの?
川上 分からん。
早水 ちょっとドキドキした。
田中 谷やんに悪い影響受けてるな。
中野 アリババと天皇制と何の関係があるんだろう。
川上 (コソコソ・モードから抜けて)いや、でも……。この状況では案外模範解答かもしれないぞ。
田中 そうだな。どうかするとなかなか見所がある、仲間に入らないか、なんて話になるかもしれないな。
畠野 おれは助かる!
中野 いやいやちょっと待て。あいつら左翼かどうか分からないじゃないか。
前川 サヨクって何?
川上 前川クン、そんなことも知らないのか。右翼が天皇万歳で、左翼が天皇反対だろ。
田中 あいつらはどっちなの?
早水 あ、待って。
 (一呼吸おき)我々は反芸術戦線・黒い革命軍である。
 この戦時下において、貴重な時間をこのように非生産的な、
 くだらない芝居見物に浪費する諸君のような人種は、我らの革命の敵である。
 よって諸君を拘束し、厳しい制裁を加え、いまだ戦時下の覚悟の定まらない一般人民への教訓とする。
 分かったか!

 (早水はバスの中での秋山のセリフを丸暗記していたのである)

田中 便利な奴だなあ。
前川 今ので何か分かるの?
川上 戦争中に娯楽なんてふざけんな、みたいなこと云ってるから……右翼じゃないか。
前川 戦争するのが右翼なの?
川上 そうなんじゃない? 街宣車で軍歌流してるのが右翼でしょ。
前川 それじゃあの人たちは天皇万歳の方なのね。ってことはあ……。
田中 (畠野に)処刑、バン!
畠野 (うなだれる)
中野 でも、云い回しがところどころ左翼っぽくもあるんだよなあ。
 右翼は革命とか人民なんて言葉、あんまり使わないと思う。
前川 中野さん物知りぃ!
早水 で、結論としては?
中野 どっちか分からん。
畠野 ダメじゃん。
川上 畠野、おまえ最初に行け。
 で、さっきの、「天皇制を打倒するためだ」だっけ?、イチかバチか云ってみろ。
田中 そんで銃声が聞こえたらおれたちは……。
全員 (直立不動で)お国のためにやっています!
畠野 ひっでー。

 (近藤登場)

川上 わっ、来た。
早水 谷やんは?
近藤 さあな。銃声はここまで届かなかったか?

 (役者たち、顔を見合わせる)

近藤 (役者名の入ったチラシを手に)まずは……。

 (役者たちは畠野を行かせようとする)

近藤 川上昇時!

川上 (畠野に)川上、おまえだってよ。

 (役者名がテロリスト側にバレていないと思って、身代わりに差し出そうというのである)

近藤 事前に調べてないとでも思ってるのか、(川上に銃を突きつけ)川上!
川上 なんだオレかあ。
畠野 ふざけんなよ。
前川 川上さん頑張って!
早水 生きて帰ってきてね。

 (「シェーラザード」が流れる)
 (舞台上には役者5人が残っている)
 (以下、しばらく劇中劇として本来の演目「アリババが四十人の盗賊」のワンシーン)
 (もちろんテキトーにでっちあげたものである)

アリババ1(中野) やはり情報が漏れている。
アリババ2(前川) 危ないところだった。
アリババ3(田中) 合流地点には私服の奴らがウヨウヨしていた。
アリババ4(早水) アリババがうまく機転をきかせてくれていなかったら今ごろおれたちは……。
アリババ5(畠野) そうだな。おまえのおかげで助かったぜ、アリババ。
1 礼には及ばんよ、アリババ。
2 万が一に備えて、ここを用意しておいたのは正解だった。
3 ん、ちょっと待て。さっきからアリババの姿が見えないようだが。
1 何!?

 (一同、キョロキョロと辺りを見回す)

4 アリババの奴、逃げ遅れたのか?
2 あの沈着冷静なアリババに限ってまさかそんなことは……。

 (「シェーラザード」止まる)
 (1と3、しゃがみこむ)

1 もう行こう。
3 だめだよ。
1 なぜさ。
3 アリババを待つんだ。
1 ああ、そうか。
 (長い沈黙)
3 なんか云ってくれ。
1 これから、どうする?
3 アリババを待つのさ。
1 ああそうか。
 (長い沈黙)
1 もう行こう。
 (沈黙)
3 ああ、行こう。
5 「二人、動かない」
 \\ってアリババにアリババ、今時そんな高尚なパロディをやったって誰も分かってくれないよ。
 地元の劇団関係の客だって分かってるかどうか怪しいもんだ。

 (1と3がやっていたのは、
 現代劇の出発点ともなったサミュエル・べケット「ゴドーを待ちながら」のパロディである)

2 教養の崩壊ってやつだな。
1 わしらも好き好んでパロディやっちょるわけじゃないけえ。

 (「仁義なき戦い」のサントラ、流れ始める)
 (「チャララ〜♪」ではなくミュート奏法で「ポンポンポンポン♪」とやる方)

1 じゃがのう、わしら役者はしょせん演出家や脚本家のコマみとうなもんじゃ。
3 われ何ぬかしよるんなら。
 芝居いうもんはのう、絵ぇ描いて指図するモンより実際に演じるモンの方が強いんじゃ。
 この際じゃけ、はっきり云わしてもらいますがのう、そがな考えしちょるとスキができるど。
 現実の舞台云うモンは、おのれが支配せにゃどうにもならんのよ。
1 こんなんの考えとることは理想よ。夢みとうなもんじゃ。
 現にそのセリフも、云わされちょるもんじゃろうが。おどれの手はもう汚れとるんじゃ。
3 わしらどこで道間違ったんかいのう。

 (「ポンポンポンポン♪」、止まる)

5 それも30歳以下の客はもう分からんぞ、たぶん。

 (「チャララ〜♪」の方、流れる)

1 道具持ってこいやあ!
5 もういい。

 (「チャララ〜♪」、止まる)

2 とにかく、計画は完璧だったんだ。しかし、情報が漏れていた。つまり……。
4 スパイがいる!
3 まさか。鉄の団結を誇る我々アリババの中に?
4 たしかにそうだとしか考えられない。
 ああ、我々の中にスパイだなんて、こんな日が来るとは夢にも思わなかった。
3 夢! そう、おれたちは夢に燃えていた。

 (1、2、5、退場)

4 おまえを同志として迎え入れた日のことを今でも鮮明に覚えているよ、アリババ。
3 もちろんおれだって覚えてるさ、アリババ。
 なんら明るい展望も見いだせないまま、つまらないバイトに明け暮れていたそんなある日、
 おれはあの落書きを発見した。
 奇妙なマーク、巨大な陰謀の存在を思わせる鮮烈なスローガン、そしてqアリババrの署名。
 バイトからの帰り道、いつも通る古い商店街の潰れた店のシャッターに初めて見つけたあの落書きは、
 意識するといつのまにか街じゅうにあふれていた。おれはバイト先の同僚だったおまえに、
 何かにつけてはその落書きのことを夢中で話すようになっていた。
 しかし一つだけ思い出せないのはあのバイトのことだ。あれは一体、なんのバイトだったっけ。
4 さあね。ローソンだったかブックオフだったか、あるいはツタヤかマックか「十徳や」か、
 それともどこかの企業でお互い派遣社員として知り合ったんだったか。
 いずれにせよ誰にでもやれる、
 つまりそこにいるのがおれやおまえでなければならない理由なんか一つもない、
 そんな職場だったことは確かだ。
3 ある日おまえは、「ちょっとウチに遊びにこないか」とおれを誘った。
 どうせ毎日やることもなく退屈していたおれは、なんとなくついて行った。

 (BGM、流れる。多少趣味の良いJポップがいい)

3 おれたちは缶ビールを空けながら、とりとめもなくダベった。最近借りて見た映画の話、音楽の話、
 たぶんバイト先の他の同僚の、どうでもいい噂話なんかもしただろう。
 話題が途切れた時、ふと思い出したかのように何げなくおまえが云った。
4 そうそう、よくおまえが話してた例の落書き、駅ビルの地下通路にもあったぞ。
3 その言葉をきっかけに、おれはまたいつものように、
 いや、ちょっと酒も入っていたし、いつにもまして熱っぽく、
 あの落書きと、その背後にあるらしいqアリババrという謎の団体について話しだしたんだ。
4 だけどそのqアリババrってのがどういう団体なのか、
 今のところおまえにはまるで分からないんだろう?
3 分からないよ。だけどこの謎の団体は、もしかしたら今あるおれのこのくだらない毎日を、
 根底から覆してくれるかもしれない、そんな予感みたいなものがあるんだ。
4 へえ、それはまたえらく入れ込んでるな。
 しかしqアリババrなんて、そもそもほんとに存在するのかな。
 そこらへん、おまえはどう思ってるの?
3 あると思ってる。いや、qアリババrはきっと実在する!

 (BGM、ふいに止まる)

4 (ニヤリと笑って、口調も変わり)では君は、qアリババrに加盟する意志があるんだね。
3 (ハッとする)

 (サスペンスを盛り上げるベタなBGM、流れる)

4 (ふところから拳銃を取り出してちょっともてあそび)おれはアリババだよ。君もアリババになるね。
3 なります!
4 そうかアリババになるか。やれやれそう聞いておれもほっとしたよ。
 もしならないと云ったら、おれはこれで君を消すつもりだった。
 秘密を話したんだからな。(と、拳銃をしまう)
3 (間をおいて)そしてあの入会の儀式!

 (照明が消える)
 (「レフト・アローン」、流れはじめる)
 (イントロの10数秒の間に、松明を持って1・2・5が登場、
 4に松明を渡した5が正面に客に向かって立ち、向かい合って客に背を向けて目隠しをした3が立つ)
 (以下に展開される「入会儀式」は、19世紀フランスの秘密結社「四季協会」のそれを模したもので、
 問答はすべてあらかじめ決められたものを暗誦し合うだけの文字通り「儀式」でしかないから、
 3も5もあまりセリフに感情を入れないように注意)

5 志願者よ(と云い切ると同時にサックスが鳴り始めるタイミング)、
 君は資本主義と民主主義についてどう考えるか?
3 資本主義と民主主義とは互いに対立しながら、
 同時に両者の共通の目的である、あらゆる共同体の解体を促進し、
 最終的に両者の対立は弁証法的に統合され、人類史の終着点としての理想郷が到来します。
5 理想郷の到来が歴史的必然であるとの学説を君は認めるか?
3 認めます。
5 では理想郷の到来を君は望むか?
3 望みません。
5 人類社会の必然的発展の法則を否定するのか?
3 必然性に可能性を対置します。
 必然性の原理は人間の欲望に根差し、可能性の原理は人間の意志に根差します。
 私は必然性ではなく可能性を、欲望ではなく意志を選びます。
 この選択自身が私の意志に支えられています。
5 君は君の意志を貫徹する回路を持っているか?
3 持ちません。ゆえにアリババへの加盟を望みます。
5 君は暴力による変革を肯定するか?
3 暴力という言葉の選択にすでにそれに対する否定的価値判断が含まれています。
 価値判断を含まない、武力という言葉を使用するべきだと考えます。
5 君は武力による変革を肯定するか?
3 肯定します。
5 敵の攻撃によって生じうる、財産の犠牲、自由の喪失、あるいは死、
 それらに敢然と立ち向かう決意はあるか?
3 決意なくしてアリババへの加盟は望みません。
5 アリババの原理に対し絶対の忠誠を誓うか?
3 誓います。
5 志願者よ。君の本名は、同志の間では口にされない。
 君は武器弾薬を用意し、蜂起の日に備えなければならない。
 アリババを指導する委員会は、我々が蜂起する直前まで、
 君の前に姿を現さないであろう(と、3に短剣を渡す)。
3 (短剣を掌に置き)もし私が、アリババの原理に対する忠誠の誓いを破るなら、
 裏切り者は死をもって罰せられ、この短剣に心臓が突き通されんことを。
5・3以外 裏切り者には死を!
5 君を同志アリババとして我がアリババに迎え、
 同志の顔を見ることを許す(と、3の目隠しを外してやる)。

 (儀式の再現シーンが終わり、「レフト・アローン」も止まる)

1 そう、裏切り者には死を。我々の中にスパイが入り込んでいることはもはや確実なのだ。
 スパイは死刑に処せられなければならない。
2 もちろん異論はない。それが我々アリババの掟なのだから。
 しかし問題は誰がスパイなのか、どうやって確かめるのかということだ。
1 それについてはもう手を打ってある。
3 まさか……。
2 プロに依頼したのか。
1 そのまさかだ。
5 ある秘密結社に依頼されて、裏切り者を始末した話はおれも知っている。
 幾人かの容疑者のうち誰が真の裏切り者なのか特定することも、その依頼には含まれていた。
3 しかしアリババ、あの超一流のスナイパーに仕事を依頼するルートを、おまえは知っているのか。
1 もちろんだアリババ。バラバラに散ってここへ向かう途中、
 駅前でギターケースを広げて歌うストリート・ミュージシャンを見なかったか?
2 そういえば見かけた。
4 たしか長渕の「しあわせになろうよ」を熱唱していた。
1 それは彼の世を忍ぶ仮の姿だ。
 (客席に)いいか諸君。あるストリート・ミュージシャンが、長渕を歌っていたからといって、
 彼を長渕好きだと判断するのはちょっと早合点にすぎるぞ。
 ストリート・ミュージシャンというのは、必ずしも自分のやりたい曲と、
 実際に路上で歌っている曲が一致しているとはかぎらないのだ。
 ストリート・ミュージシャンにもいろいろ事情がある。そこのところをよくご理解いただいて……。
2 そのセリフ、誰かにムリヤリ云わされてないか?
4 芝居を私物化しやがって。とんでもない脚本家だ。

 (事前に配布したチラシやポスターにあるとおり、
 外山はストリート・ミュージシャンで生計を立てている)

3 それで、あの長渕野郎がかの有名な超一流のスナイパーなのか?
1 だからほんとは長渕野郎じゃないんだって。
2 その話はもういい!
1 (咳払い)彼はただの連絡員にすぎない。
 彼にある決められた合図を送れば、彼を起点とする秘密のルートを順次経由して、
 いずれかの超一流スナイパーに、こちらが仕事を依頼したがっているという情報が入る。
5 ではもうその合図とやらを送ったんだな。
1 10万円を渡して「賛美歌第13番」をリクエストしてきたよ。
3 あの長渕野郎にはそんな隠れた収入源が……。
2 しかしアリババ、そんな極秘情報をこんなところで喋ってしまって、おまえ大丈夫なのか?
1 あっ。

 (舞台のどこかにスポットライトが当たる)
 (と、コミックスから超拡大コピーした「ゴルゴ13の目」が浮かびあがる)

2 スパイは一体誰なのか?
5 ことによると、
 いつまでたっても戻ってこないあのアリババの野郎がスパイだったってこともあり得る。
1 もちろん我々の中の誰かなのかもしれない。
4 まさかここに残っている我々6人の中に……。
1 (突然あらぬ方向に)さっきから一言も喋らないな、アリババ。
全員 ……。
1 おや、寒いのか? 少し震えているようだが。
全員 ……。
1 なんとか云ったらどうだ、アリババ!
全員 ……。

 (以上で劇中劇「アリババが四十人の盗賊」、終わる)

前川 やっぱりところどころしか上演できないね。
田中 ここからの川上のセリフが重要なのになあ。

 (実は本来なら舞台上にずっと「アリババ6」として川上がいるはずだったのである)

早水 川上さんのセリフをきっかけに、ストーリーが唐突に、
 思いがけないほどの宇宙的スケールにまで一気に展開していくのに。
畠野 せっかく来てくれたお客さんに、それを見せられないとは残念だ。
中野 すばらしい脚本だったな。天性の才能を感じたよ。
畠野 またムリヤリ云わされてるな。
前川 それにしても川上さん、大丈夫かなあ。
田中 大丈夫じゃないだろう、たぶん。
中野 あいつ勉強不足だって、いっつも谷やんも外山さんも怒ってたじゃん。
畠野 10年芝居やってるくせに、寺山修司の名前も知らないなんて……。
中野 無知蒙昧にもホドがあるってな。
田中 それもあるけど……。
早水 何?
田中 あの女テロリストの、豊満なボディcc。
畠野 ああ……。
早水 何々?
前川 セクハラ!
中野 ええっ、いくらなんでもこの状況で?
畠野 彼のセクハラは時・場所・場合を選ばないよ。
前川 いっつも私の胸の話ばっかりするのよ。サイテー!
田中 今のセリフには経験の裏打ちが確かに感じられるねえ。説得力抜群。
中野 スタニスラフスキーさん大喜びだ。
前川 えっ、誰それ?
中野 おまえなあ……。
里美の声 さっきからどこ見てんのよ!

 (銃声)
 (間)

畠野 マジメに考えようか。
田中 なぜ芝居をやるのか。

 (照明消える)

アリババが40人の盗賊